小説 川崎サイト

 

幼女とトカゲ

川崎ゆきお



「トカゲが大の字になって寝ておった」
「暑いからでしょうか」
「死んでおるのかと思い、よく見ると、腹が動いておる。息をしておった」
「猫や犬は暑いとき、腹を出して寝ていますねえ。背中を下にして」
「冬でも電気毛布を出してやると、そこで寝よる。暑くなると、腹を出す。仰向けになって手足を伸ばしてな。しかし、トカゲがそんな姿になっておるのは、妙じゃ」
「腹が動いているので、死んではいないのでしょ」
「蛇は8の字になると死んでおる」
「そうなんですか」
「それよりも、大の字になっておるトカゲは妙じゃ」
「イモリかヤモリと見間違えたんじゃないですか」
「ああ、それらはガラス窓にいるとき、腹が見えるのう。それではない。カナヘビでもない。あれはトカゲだ」
「何処で」
「夢のなかで」
「ああ」
「なんじゃろうなあ、この夢は、トカゲが大の字で寝ている夢とは」
「しかし、先生がそれを大の字で寝ていると解釈したわけでしょ。別の人なら、違う解釈かもしれませんよ」
「そうかもしれん。実は寝る前に」
「トカゲを見ましたか」
「いや、熱帯夜で寝苦しかった。いつもは腹を下にしたり、横になって寝ておるんじゃが、これが暑い。私は天井を向いて腹を出して寝ることは希じゃ。寝る前はその姿勢だがな。寝癖というのがある。心臓を下にして横を向き、そのまま俯き加減になって朝まで寝る。が、そのスタイルが暑い暑い。それで、腹を下ではなく、背中を下にした。まあ、布団に入ったときは、その姿勢なのじゃがな。そして、手足を伸ばした。それこそ大の字にな。手は万歳でもいい。これが楽だった。暑いときはこれがいい。どうしてこれまでこの年になるまで、気付かなかったんだろうねえ。その姿勢で朝まで寝たんじゃ。そこで見た夢が大の字で仰向けで寝ているトカゲじゃ」
「何となく分かりました」
「しかし、分からんのが、トカゲじゃ。どうして猫じゃ駄目なんだ。犬では。また別の動物では駄目なんじゃ。どうしてトカゲなんじゃ。トカゲなど最近見んぞ。もう何十年も見ておらん」
「トカゲに関しての思い出は」
「特にない。カナヘビを殺したことがある。子供の頃かな。この時代は蛙などもよく殺したなあ。悪いことをしたわい」
「それで、トカゲは」
「近所の小さな女の子、まだ三つぐらいかな。トカゲを手にしていた。トカゲをおもちゃにしていた。分からんのだろうなあ。気持ち悪いとか、そういうことが。その程度かな。トカゲの思い出は」
「無邪気な幼女が、トカゲと重なり、無邪気なトカゲになったんじゃないですか。大の字になって寝るトカゲって、やはり不用心でしょ。その幼女のように」
「そう来るか」
「はい」
「他に思い当たらんので、そういうことにしておくか」
「はい」
 
   了



2014年7月28日

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