小説 川崎サイト

 

山神様に嫁いだ娘

川崎ゆきお



「神だったのか」
 下田は奥山の入り口で、石塔を見ながら、つぶやいた。
 下田は帰省したとき、父から家系図を見せてもらった。明治までで、それ以降は書かれていない。その後は仏間に写真となって飾られ、位牌としても残っているので、それを見ればいいのだ。特に名家ではない。普通の百姓屋だ。
 家系図の一番最初に夫婦の名前が記されている。江戸時代の中頃だ。そこから続いているのだから、大したものだと、下田は感心したのだが、いきなりそこから始まったわけではない。
「我が家は山姥の子孫だと言われていた。これはもう誰も言わんようになっておる。古い話なので、誰ももう知らん。しかし我が家では山神様と呼んでいた。それがご先祖様だよ。さすがにそれ以上は分からぬ」
「どうして、今、そんなことを」
「まあ、我が家の言い伝えなんでな。聞いておけや」
「はい」
「山神様に嫁いだのだ。そこで産まれた子がご先祖様。一番目に書かれておる宗佐さんじゃ。兄弟はおらん。一人っ子だ」
「えーと、母親は」
「山神様に嫁がれた」
「山神様とは」
「神様じゃ」
「う、うん」
「言い伝えだ、わしもそれ以上のことは知らんが、嫁いだその娘は子が殺されるといって、里に下りて、実家に預けに来た。そのまま御山に戻った」
「その実家が、僕らの本当のご先祖さんでしょ」
「そうなんじゃが、別系列になった。嫁いだのだからな。山神様に。だから、山神様の家系を継ぐことになる」
「でも、その赤ちゃんは実家で育てられたのでしょ」
「ああ、それが宗佐さんだ。実家では孫に当たるが外孫だ」
「面倒そうな話だなあ」
「宗佐さんは大人になり、嫁をもらい、家を立てた。それが我が家の始まりだ」
「宗佐さんのお母さんは山に行ったけど、人間でしょ。神じゃないでしょ」
「村のものは山姥と呼んでいた」
「はい」
「なくなったのはかなり高齢でな。山神様が奥山の入り口に埋葬した。宗佐さんや村人は石塔を立てた。これは大きな石を立てた程度のものだが、今も残っておる」
「昨日、見てきました」
「これで、終わりじゃ。一応聞いておいてもらいたかったからな」
「でも、どうしてその女の人、山神に嫁いだのかなあ」
「そうじゃない。出奔した」
「え」
「気が触れたんじゃ」
「そうなの」
「それを山の神様に嫁いだと言うのだよ」
「じゃ、僕らは、その人と、山神の血が混ざっているの」
「そうじゃな。そして、山神の家系だということだ。ただ、里暮らしのまま明治まで来た」
 下田はその話を聞いても、おとぎ話を聞く思いで、実感がわかなかった。
 しかし、山にあった石塔は江戸時代中頃のものと、調査した人が記している。
 また、古記録にはかなり年老いた山姥の亡骸を村人が山中で発見したともある。
 出奔した娘、天命を全うしたようだ。
 
   了




2014年8月3日

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