小説 川崎サイト

 

池之端森公園

川崎ゆきお



「たまには息抜きも必要ですよ」
「私は、生き抜きです」
「え」
「生き抜くことが大事だと」
「息抜きじゃなく、生き抜きですか」
「はい」
「それじゃ、なおさら、休憩することも大事でしょ。忙しくやってばかりだと、ばてますよ。疲労がたまり、本当に休憩が必要になります」
「それは分かっているのですがね。急がないと」
「それを死に急ぎと言うのですよ」
「まあ、あなたは隠居さんだから、特に急ぐ用事はないので、そんな呑気なことが言えるのです」
「そうでもないですよ。いろいろと雑用で忙しい。また、妙な日課をこしらえましてねえ。これがまたハードスケジュールになり、最近くたくたですよ。だから、息抜きが必要だと言っているのです」
「そうなんですか。そういう風には見えませんが。それに休んでも別に何ともないような用事でしょ」
「まあ、そうなんですがね。しかし、自分で決めたことは、やり抜かないと、気が収まらない。そういうたちでしてね」
「じゃ、僕と同じですね。だから、毎日毎日忙しい。休んでいる間もない」
「それで、私も反省しましてねえ。本当に休むためのスケジュールを立てた」
「どんな」
「魔界探検です」
「それは、また妙な。いきなりですねえ」
「魔境探検でもいい」
「あのう」
「何ですか」
「それって、忙しそうですよ。ハードそうです」
「そんなことはありません。本当の魔界、魔境へ行くわけじゃない」
「どんな場所ですか」
「公園です」
「はあ、なぜそこが魔境なんです」
「その辺にある小さな公園じゃだめです。少し足を延ばさないと行けませんが、自然の豊かな公園です。樹木の多いね。ただ、最初からそんな場所じゃなかった。植えたんでしょうねえ。何十年も経過すると森のようになる。切らないと木は育つものです」
「はい」
「私が、何かを語りたいのか、不審がってません?」
「その通り」
「はい。続けます。不審でいいのです」
「聞きましょう」
「その公園は池の周辺にありましてねえ。池を少し埋めて、そこに木を植えた。池といってもため池です。農水池です。もう今はそんな水は必要じゃない。だから、埋めてもいいんだ」
「長い話ですか」
「要は、木に囲まれたところに広い場所ができてます。そこは庭のようになってましてね。芝生じゃないけど、短い草が生えている。クローバーのようなものです。四つ葉のクローバーなんて、子供の頃探しに行きませんでしたか。ああいう感じです。芝生でないところが日本的だ」
「魔界は」
「ああ、それはもっと後ですが、今言いましょうか」
「はい、忙しいので」
「朝に行くと、中国の公園のように何か踊りのような武道のようなものをやっているんです。非常にゆっくりとした動きです。体操でしょうなあ。その団体が何人かいる。この町にも、こんな亜空間があったのかと」
「そこが魔境だと」
「そうです。その人たち、生きていると思いますか」
「え」
「その動き、ゾンビですよ。ゆっくりしすぎです」
「そういう体操でしょ」
「最初はそうでした。しかし」
「え」
「それが終わり、解散した後、そのままの動きなんです」
「何がですか」
「歩いているのですが、ゾンビ歩き。全員です。もう運動は終わったはずなのに」
「所謂ゾンビものですか」
「彼らは何処に帰るのでしょうねえ」
「あ、はい」
「周囲は樹木。まるで壁のように取り囲んでいます。おそらくそこに吸い込まれるのか、決して外に出た様子はありません。公園内に入る小道は複数ありますが、そこを通らない」
「ほう」
「また近くの人でも自転車でそこまで来るでしょ。それがない」
「はい」
「どうです。魔界でしょ」
「用事がまだまだ残っているので、そろそろ」
「そうですか」
 男は、そう言いながら立ち去った。
 しかし、急いでいるわりには、非常にゆっくりとした歩き方だった。
 
   了




2014年8月4日

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