小説 川崎サイト

 

神と妖怪

川崎ゆきお



 妖怪博士はある地方の妖怪祭りに呼ばれた。呼んだ側は妖怪の博士だと思ったわけではない。つまり、妖怪博士そのものが妖怪だと。
 そんなはずは当然ない。妖怪博士という名前がほしかっただけかもしれない。
 この地方というか、小さな村だが、妖怪がいる。隣の村にも、そのまた隣の村にも。だから、妖怪の多い地域なのだ。それがまだ残っているだけでも大したものだろう。
 妖怪博士も、それに興味を持ったのは確かで、彼自身が見せ物のような呼ばれ方だったが、快く引き受けた。交通費と宿泊料が出るだけでも満足で、これはお金をもらって旅行ができるようなものなのだ。しかし、その村は特に観光地ではなく、妖怪による町興し、村興しの規模ではない。
「モッチンと呼んでいる村の妖怪がこれです」
 地元の人が可愛いイラストを見せる。今風のゲーム系の絵だ。
「これは田の神とも言われていますが、うちではモッチンです」と説明する」
 もう一人が、別のイラストを見せる。
「これはアシナガでして、モッチンと役目は似ていますが、足が長い」
「何をする妖怪ですかな。そのアシナガとは」
「田にいる悪い虫を食ってくれたりします。鶴のように足が長いでしょ」
「モッチンは田に水を張るときの神様です」と、そのイラストを持った人も言う。
 また一人、イラストを見せてくれた人がいる。この人の村にいる妖怪らしい」
「これは何ですかな」妖怪博士が聞く。
「カッパです」
「しかし、カッパには見えませんが」
「ドロンパと、村で言ってます」
「泥河童のようなものですかな」
「はい、こちらは田に水を引くとき、手伝ってくれます」
「見られましたか」
「見ません」
「では、それぞれ想像図なんですね」
 それぞれの村の先祖が語り伝えたものらしい。
「これらは田植えの前から来て、稲刈りが終われば山に帰られます」
「はい」
「普段は山にいるのです。それを春先にお迎えします」
「それは、神ではないのですかな」
「昔はそうだったようですが、今では妖怪にされてしまいました」
「どうしてですか」
「領主が来て、その人が都の人で」
「ここは荘園だったのですかな。公家とかの」
「はいはい」
「それで」
「それで、神社ができました。お寺も」
「それまではなかったのですか」
「祭場のようなものがありました。そこで春先、あの神様たちを御山から呼ぶのです」
「神社との関係は」
「神社は神社で似たようなことをしています。だから、重なるので、村の神様は捨てられたのです」
「あ、はい。つまり、妖怪の発生ですなあ」
「そうです。山の神様、つまり村の神様はお餅が好きなんです。だから、うちではモッチンと呼んでいます。餅の中でも焼き餅が好きです。焼いた餅です。それを備えて、お呼びするのです」
 他の村も似たようなことをしていたらしい。
「つまり、重なるので、追い出されたと」
「はい、それで妖怪になって、暴れるので、妖怪祭りをやっております。これは妖怪ブームになる前から、ご先祖様は毎年やっております」
「餅の他に何を備えますかな」
「五穀です」
「魚は」
「それは珍しくないので、備えません」
「ここは海から遠いようですが」
「川魚なら、ありますが、神様は始終食べておられるので、備えなくても良いのです。逆にもらったりします」
「それらも言い伝えですかな」
「はい」
「でも今は妖怪なのじゃな」
「元は村の神だったのです。だから、祟られないように、こっそりお祭りしています」
「神社とは別に」
「はい、妖怪たちは神社をいやがります。山の入り口でこっそりお祭りをします。そのイベントを、各村共同で、やるようになりました。今は遊びですが」
「はい、よく分かりました」
 妖怪博士は村々の背後にある山々を眺めた。
 妖怪の正体どころか、神の正体まで何となく見た思いがした。
 
   了



2014年8月6日

小説 川崎サイト