小説 川崎サイト

 

世界の不思議

川崎ゆきお



 人は同じものを見ていても、違うものを見ているのかもしれない。そのため、共有して持っていたものが、そうではないことになったりする。逆に言えば、自分と同じように、そっくりそのまま他人も見えるとなると、こちらの方が不思議なことだろう。そしてこちらのほうが都合が悪い。
「テーブルの上のコップは、コップとして見えておるでしょ」
「また机上論ですか、先生」
「違う。偶然今、テーブルの上にコップがあると仮定しただけだ」
「仮定そのものがテーブルトークですよ」
「テーブルトークとは、テーブルを挟んで会話をすることじゃないのかね」
「ああ、そうでした」
「さて、コップだ。これは誰が見てもコップじゃないか。まあ、ただ、感じ方は多少は違う。このコップはよくあるコップだ。そのため、自分も使っているかもしれない。または非常に似ている」
「細かい話ですねえ。先生は」
「コップに関する見え方は、多少そういうことで違うかもしれないが、まあ、大体同じように見えているだろう」
「それはコップだからですよ」
「え」
「だから、それ以上あまり深い意味はないでしょ」
「まあそうだが、コップを作ったり、コップを売っている人にとっては、また違う見え方になるだろう」
「そこまで言い出すときりがないですよ。先生」
「机の上にコップがある。これは、誰が見てもそうだ」
「はい、それはそれ以上突っ込んだ話がないからですよ。物じゃなく、物事の方じゃないですか、見え方が違うのは」
「展開が早い。物から物事へ移る過程がまだまだあるんだ。それを省略してはならん」
「そこはいいです。見え方が違うのは物事でしょ。それは意味付けが違うからでしょ」
「それも一つだ」
「では、残りは」
「意味付けるには背景がいる。その人はどうして、そういう意味付けをしたかったじゃ」
「親の欲目って言いますね、先生」
「ああ、それに近いのう。人には背景がある。ある行為には動機がある。その動機を押し出しているところの動機がまたある。この場合、動機とは言えんかもしれんがな。さらに、そういうこととはあまり関係なく、体質や気質もある。そういった色々なことで見え方が違ってくる。だから、各自各様、色々じゃ」
「結論は色々ある……ですか」
「だから、同じ物、同じ物事を見ても、見え方が異なる。この違いが難儀なんだなあ。一人一世界を持っておるようなものでな。この差を埋めるのは不可能なのじゃ。これは個体差に近い。人の顔がすべて違うようにな」
「でも、似たような世界を見ているのでしょ」
「いいところに気付いたねえ、木村君」
「僕は田村です」
「ああ、そうだったか、似ていたので」
「木村とは全然違いますよ。そんな目で見ていたのですか、先生は」
「まあ、そう騒ぐな。勘違いはよくある」
「それで、今日の講義は何だったのですか」
「これ……」
「え、何ですか」
「一回やったかなあ」
「さあ」
「同じことを以前に話した覚えがある。今思い出した。君、どうだね」
「ああ、あったような、なかったような」
「私は喋ったような気がするが」
「僕も聞いたような気がします」
「これは君じゃなく、木村君に話したのかもしれない」
「そうですか。じゃ、僕は先生からじゃなく、大山先生から聞いたのかもしれません」
「何だろう、この妙な空気は」
「世界は繋がっていないのかもしれませんよ」
「え、何だって」
「思っているほど連続性はなかったりして」
「あ、そう。参考にしよう」
 
   了


2014年8月11日

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