小説 川崎サイト



石神

川崎ゆきお



「古いことを言うようですが……」
 と、まだ若い岸里が語り出す。
「縁起は担いだほうがいいんじゃないですか?」
「君がそんな物言いをするとは思わなかったな」
 主任の盛岡は意外な、という作り顔で部下の岸里を見る。
「祠はなくなりましたが、まだお参りに来るお年寄りがいるんですよね」
「僕も見ましたがね、漬物石のようなのがゴロリと転がっておるだけでしょ。そんなもの……」
「そんなもの?」
「うむ、そんなもの移動させればいいじゃないか」
「何処へ?」
「近くの神社やお寺とかにだよ」
「それはちょっと……」
「施主は知らないんだろ?」
「はい、土地の人じゃないですから」
「じゃ、それでいいんじゃないか」
「それって?」
「近くの神社か寺だよ。持ち込めばいいんだよ」
「捨てに行くのですか」
「処理するってことだよ」
「でも、あの石は動かさないほうが無難だと思いますよ」
「あそこは駐車スペースになるんだよ。そんな石があると邪魔だろ。わけの分からん石がなぜ置いてあるのか、その説明も面倒だ」
「そうですが」
「で、一体何だったの? その石」
「お参りに来たお年寄りに聞いたのですが、よく分かりません。ありがたい神様だと」
「由緒も何もない土着信仰だろ。それに何を祭っているのかさえ分からんような存在では、話にならんよ。神社か何処かに捨ててきなさい。本当はその必要もないんだがね。君が拘るのなら、しかるべき処理を自分でやりなさい」
 岸里は工事が始まる前夜、その石を神社の裏に移動させた。実際には捨てたのである。
 その石を参りに来ていたお年寄り達は、何処で情報を得たのか、神社の裏に放置されたあの石を見つけ、お参りを続けている。
 石のあった場所と神社とは歩くと三十分もかかる距離だ。
 誰かが石を発見し、それを教えあったのかもしれない。
 そして未だに何の神様なのかは不明なままだ。
 
   了
 


          2007年1月6日
 

 

 

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