小説 川崎サイト

 

城跡

川崎ゆきお



 過去のことは徐々に忘れていってしまうものだ。それは、それを思い出しているのは今のためだ。過去の思い出などを作為的に手繰るときは別だが、普段は思い出しもしない。今、それらのことが必要ではないためだろうか。当然今、それに関係することが起こったとき、過去の記憶が活きる。今を生きるための情報として。だから、活きるのはそんなときぐらいだろう。これを情報と言ってしまうと味気ないが。
 過去のことを日記やメモなどで忘れずに書き留めていても、実際に必要になるのは、そこではなかったりする。また、そういった記録がない時期もある。
 徳田は三十年ぶりに出合ったらしい人と遭遇した。若い頃の話だろう。顔を合わせたのは一度だけで、その後の関係は何もない。そんな人ならいくらでもいる。
「一度合ったことがあります」
 その人は白髪になっており、顔も若い頃とは違うだろう。だから、思い出しようがない。
「松下駅前の喫茶店です」
 そう言われて、徳田は思い出した。確かそんな駅だったと思う。駅前にあった喫茶店も思い出せる。その町には友人がおり、遊びに行ったとき、近くの喫茶店によく入った。何店かあり、その中の一店で、この人と合ったようだ。
 当時、徳田はお城サークルをやっており、小さな城跡や城下町跡などを見て回る会を主催していた。似たような会が多数あり、その人も同じ事をやっており、それで接触したわけだ。いわば同人だ。特に研究が目的ではなく、ただの山歩き、町歩きが目的だ。徳田は平地にある平城が得意で、その本丸跡ではなく、出城や支城跡、砦跡などを探すのが好きだった。
 城に天守閣ができる前の領主や豪族の館跡とか砦跡とかは無数にある。平野部から山にかかるところには、必ず城山がある。砦程度だと名さえない。石垣ではなく、溝を掘り、その掘った土を盛った程度のものなどは、探すのが楽しい。寺や神社になっていることもある。
 それで、やっと、その人を思い出したのだ。不思議と顔まで。もう初老になっているが、確かにこういう人と合っている。顔が細長く、鼻が高い。分厚い瞼で目がつり上がっていたのが記憶にあったのだ。よくそんなものを覚えていたものと自分でも驚いたが、その人の顔を見て思い出したのだ。
 その日はお城展が百貨店で行われていた。パネルを貼っただけの手抜きだが、物産展がメインだろう。
「僕も偶然です」その人は改札を降りたところにあるポスターでお城展を見て、立ち寄ったようだ。徳田も実はそうだった。
 今は二人ともサークルはやっていない。学生時代の話で、勤めに出るようになってからは辞めている。
「僕もそうです」その人は、今も城には興味はあるようだが、もうサークルには入っていない。
「たまに見に行きますよ。その日参加型のサークルがありましてねえ。金魚の糞のようなものですが、これが気楽でいい」と、その人は近況を話す。
 三十年前、この人と何を話したのかはおぼろげだ。城のことではなく、サークル活動について話したように記憶している。そのあたりを聞いてみた。
「僕も忘れていますよ。しかし、あなたの顔は覚えていたんです。すぐに分かりました」
「僕もです」
「不思議ですねえ」
 二人は軽く話しただけで、すぐに別れた。少し声をかけた程度だろう。
 城郭には構造がある。結構だ。顔にも結構がある。その目鼻立ちの結構が熊本城と似ていた。それで思い出せたのだ。
 徳田は物産展で宇都宮吊り天井餃子を買った。結構田舎風で具が多く、そして柏餅のように大きい。壁の分厚い頑丈な城郭餃子だった。そして餃子の天井を探したが、見付からなかった。
 
    了


 

 


2014年8月24日

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