小説 川崎サイト



御苦労様

川崎ゆきお



「慣れないことはやるもんじゃないね」
 室長は照れ笑いのような作り笑いをした。
「何かありましたか?」室員の宮田が話に乗る。愛想でも乗らなければ薄情だと室長から思われるのを恐れてだ。
「いやね、話すようなことじゃないんだがね」
 それなら話さなければよいのにと、いつも宮田は思う。室長とは馬が合わない。
「風俗へ行ったんだけどね。昔と違うんだな、これが……」
 宮田は結局は話し相手を求められているだけ、とは知りつつも、付き合わざるをえない。
「金さえ出せば何でもしてくれる。驚いたよ。断っておくがお付き合いで仕方なくだよ。繊維室の竹田さん、あの人好きだねえ。それと……」
「はい?」
「私費だからね」
「はい」
 宮田は、気の利いた突っ込みを入れようとしたが、下ネタで盛り上がりたくはなかった。いうまでもなく、盛り上がるのは室長だけで、宮田ではない。
「君は行ったことあるかね」
「はあ?」
「風俗だよ」
 宮田は答えたくなかった。
「本当に若い子がいるんで驚いたよ。最近はそうなの?」
「室長、そろそろ片付けないと」
 宮田は大きな動きで時計を見る。
「もう時間か」
「残業はないですね」
「うん、定時で帰ってよろしい」
 宮田は書類をフォルダーや引き出しに仕舞い始めた。
「どう、帰りに一杯」
 宮田は三度に一度は付き合っている。前回付き合ったので、今日は逃げてもいい日だ。
「歯医者の日なんですよ」
「それは残念だな」
 この歯医者ネタは何度も使っているので、そろそろ新ネタを考えないといけない。
「慣れないことはするもんじゃないなあ」
 部屋を出るとき、室長が宮田の背中にその声を当てる。無視するわけにはいかない。
「どうかしましたか室長」
「昨日、風俗に行ってね」
 宮田は、背筋がぞくりとした。室長は分かっていて繰り返しているに違いない。
「そうなんですか」
「聞いてなかったのかね」
 室長も宮田とは馬が合わないのだろう。
「それはよかったですねえ」
「はいはい、ありがとう。帰っていいよ」
「お疲れさまでした」
「はい御苦労様」
 
   了
 
 



          2007年1月8日
 

 

 

小説 川崎サイト