小説 川崎サイト



月に尻

川崎ゆきお



「路地を流れるドブのような川だと思うのです」
「はい、続けて」
「深いです」
「用水路ですか」
「さあ、それは分かりません。周囲は木造の普通の家が建っています。下町かと」
「では、時代は少し過去ですな」
「はい、私の子供時代かと」
「で、それから?」
「そのドブに尻がぽっかり浮かび、満月がぽっかり浮かんでいます」
「夜なんですね」
「月の光で見えたのかと思います」
「尻?」
「尻だけが見えているのです」
「死んでいるのですか?」
「動かないので、おそらく」
「男ですか? 女ですか?」
「分かりません」
「大人ですか? 子供ですか?」
「はっきり覚えていません」
「では、尻一般ですな」
「怖くてよく見なかっただけです」
「それで、どうなりました」
「それだけです」
「前衛絵画を見るような感じですねえ」
「インパクトがあって、今もありありと思い浮かべることが出来ます」
「では、もう一度思い浮かべてください。その尻を」
「やはり、駄目です。尻一般のままです」
「あなたの尻一般とは、どんな尻ですか?」
「桃のような」
「では女性ではないのですか。ふっくらとしているのでしょ」
「ふっくらとしていて割れています」
「子供時代とは、いつ頃ですか?」
「小学校の二年生前後かと」
「低学年ということですね」
「はい」
「その頃、どんな尻を見ていましたか?」
「風呂屋で色々な尻を見ていました」
「女風呂は?」
「母と行ったときは入ってましたが、恥ずかしかったです」
「何がですか?」
「本当は見てはいけないものを見ているような」
「興味はありましたか」
「裸にですか?」
「そうです」
「だから、よく見ていなかったのです。見てはいけないと思い」
「そのお尻ですよ。浮かんでいたのは」
「そうなんですか」
「私は女性の死体を見たのでしょうか?」
「夢の話ではないのですか?」
「はい、本当に見たのです」
「別の先生を紹介しましょうか?」
「はい、お願いします」
 
   了
 
 



          2007年1月9日
 

 

 

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