小説 川崎サイト

 

お馬の親子

川崎ゆきお



「これはどうなんでしょう」
「何かありましたか」
「判断が難しい事象ってあるでしょ」
「難しい話ですか」
「単純で分かりやすい話なのですが、それをどう判断するかの方が難しいのです」
「話してみてください」
「はい、路地です」
「路地」
「住宅地の路地です。建て売りの分譲住宅です。結構大きな区画です。もうできてから十年以上なりますから、町にも馴染んでいます。建物はほぼ十年前と同じです。変わったのは人ぐらいですかねえ。産まれた子供は十歳になっています」
「本題を」
「はい。その路地なんです」
「そこで何かあったのですか」
「メイン通りが一本貫き、その左右に枝道が何本か延びていますが、すべて行き止まりです。当然、それらの道は私道です」
「では、路地は私有地で、抜けられないと」
「はい」
「権利問題ですか」
「違います」
「本題を」
「はい。お馬の親子です」
「はあ。かなり飛びますが」
「親子ではなく、お爺さんと孫でしょうねえ」
「はい」
「夜中に、パカパカ」
「はあ」
「正しくはパッコンパッコンとかカランコロンとか」
「難しい話ですねえ」
「分かりやすい話ですよ」
「何ですか、その音は」
「缶詰です」
「また、飛びますねえ」
「缶詰に二つ穴を開けて、長い紐を通し、それに乗ります」
「ああ、私も子供の頃やりましたよ」
「お爺さんはパイナップルの長い缶です。お孫さんは普通の缶です。最近もっと薄いのがありますが、それじゃありません」
「それに長い紐を通し、手で引っ張りながら、竹馬のようにして歩くんでしょ」
「そうです。そして、お爺さんが、お馬の親子は仲良しこよしって歌うんです」
「孫のお守りでしょ」
「お守りですが、夜中です」
「ほう」
「その路地の端から端まで、お馬の親子です。行ったり来たり」
「はい」
「はいじゃないでしょ。おかしいでしょ。夜中ですよ。孫は男の子で幼稚園程度。お爺さんの後ろから、それこそ子馬のようについて行きます。そして、孫も小さいながら、お馬の親子を歌っています。そして、合いの手のように、その缶詰でパッカンパッカンとか、パックンとかパンパンとか鳴らすんです。うるさいですよ。結構」
「微笑ましいじゃないですか」
「お爺さんのズボンの後ろ、お尻りですね。ベルトから紐をたらしています。馬の尻尾ですよ。そこまでやりますか」
「孫は」
「孫もズボンから何か垂らしています。よく見るとトイレットペーパーです」
「あの缶は、竹馬と同等でしょ」
「そうですねえ」
「どちらも高くなるので、バランスが大変だ」
「そういう話じゃないでしょ。異常です」
「微笑ましい光景じゃないですか」
「しかし、夜中、そんな缶詰に乗って、ひずめのような音を立てながら、お馬の親子の歌を歌い、路地を何往復もする。これ、違うでしょ。普通と」
「私も孫ができたらやってみたい」
「それでいいのですか。あの現場を見れば、判断に迷いますよ」
「孫と遊んでいるお爺さん、それでいいじゃないですか」
 判断が分かれたようだ。
 
   了



2014年9月9日

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