小説 川崎サイト

 

心の闇

川崎ゆきお



 日常の中でふと浮かぶ闇、不安、心配事。そういうものを払いのけてくれるのが、祈祷師のお祓いではない。
「そんなとき、どうしますか」
「ああ、たまにあるねえ」
「あるでしょ」
「一番怖いのは病気だろう。これはネタが尽きない。右の下腹が痛いと盲腸ではないかと心配する。屁をこけば治ったりするがね」
「病気以外では?」
「熱中するものを探すねえ。それで気にならないことが多い」
「普通ですねえ」
「心の闇に特効薬はないよ。そう言うように出来ているというか、これは欠陥だな。人間の。まあ、動物もストレスを与え過ぎると、そうなるかもしれないがね」
「心の持ち方だけでは何ともならないこともありますねえ」
「それは、わざとらしいからですよ。気持ちを切り替えるだけでしょ。そんなもの、すぐにほどけてしまう。だから持ち方じゃなく、楽しいネタを作ることだね」
「心が闇に覆われているのに、楽しいことなど思えないと思いますが」
「そうだね。だから、何かをやっていると、それに引っ張られることがある。楽しいことでなくてもいい。部屋の掃除でもいいんだ。古い写真の整理でもいい。明るいことが無理なら、暗いことをすればいい。要は何かやることだな。やりやすいことから」
「それは一つの療法ですか」
「療法だと分かれば、駄目だろう」
「わざとらしさを、本人も気付くからでしょ」
「作り笑いをしているようなものさ、素に戻ったとき、顔の筋肉が痛い」
「はい」
「ところで、君は心の闇中かね」
「はい、暗夜行路中です」
「それは、ご苦労な」
「何とかならないものでしょうか」
「何とかなっているでしょ」
「え」
「そんなことを相談に来れるのだから、君の心の闇も浅い。薄い」
「ああ」
「それを娯楽にしていないかね」
「してません」
「心の闇状態の時は、結構いい気分の時もあるんだ」
「心配事で頭が一杯なのにですか」
「風景も違って見えるだろ。これは見ものだよ」
「そんなの見物しているゆとりが」
「闇は晴れる。飽きるから」
「はい」
「晴れもまた飽きる」
「しかし、何処で切り替わるのでしょうかねえ」
「さあねえ、何か別のネタが飛び込んで来るんでしょ」
「はあ」
「だから、多少は動いた方がいい」
「眠れないのですが」
「その間、仕事をすれば捗るよ」
「ああ、そうですねえ」
「そして、何処かで眠くなる」
「はい」
「君も心の闇、心の闇って、騒ぐの好きなのかね」
「いえ」
「心の闇の安売りだねえ」
「いえ」
「ますます心の闇を茶化したくなるよ」
「それが、先生の心の闇ですね」
「明るくていいだろ」
「あ、はい」
 
   了



2014年9月22日

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