小説 川崎サイト

 

テンプレート

川崎ゆきお



 日常の中のちょっとしたことは、ちょっとしたひな形だ。これはテンプレートと呼んでもいい。しかし、ひな形の雛は小さくて可愛らしい。卵からかえったばかりのニワトリは、ニワトリとは言わないでヒヨコと呼んでいる。ヒヨコも雛なのだが、大人になると可愛くないという話ではない。ひな形とヒヨコが違うのは、ヒヨコを拡大してもニワトリにならない。ヒヨコがそのまま大きくなるわけではない。だから、これはひな形の雛とは少し違う。
 ひな形にふさわしいのはお雛さんのひな人形だろう。形だけは平安時代のような人形だ。人形そのものが既にテンプレートなのだ。こちらのほうがひな形に近い。
 それらは形だ。日常の中で起こる出来事には動きがある。ちょっとしたストーリーがある。それをひな形と言ってしまうには抵抗があるが、流れがある。これは視覚的なことだけではなく、何かに似た動きなどがある。ここまで来ると抽象的になり、妄想に近くなるのだが、その手前で留め置けば、結構参考になる。
 例え話に真実はないと誰かが言っている。真実が何かは分からないが、事実関係のことだとすれば、例え話と実際とでは違って当たり前なので、ある一面しか言い当てていないのだろう。そのため、例え話は一人で呟く方がいい。内部処理だ。
 この内部処理を日常の中で結構やっている。いつも同じような繰り返しの日々を送っていても、本人がちょっとしたことで、狂うことがある。また、本人が思い込んでいる日常事もある。
「考えれば不思議なんです」
「それは、大きなアイデアに続く話題ですか。何かヒントになりますか」
「さあ」
「じゃ、ただの雑談ですね。いいでしょ。話して下さい」
「はい、実はいつもすれ違う人がいるのです」
「最初から何もなさそうですが」
「簡略に言います」
「そう願いたい」
「その通路の奥に毎朝朝市をやっている場所があるんです。野菜とか雑貨とか、焼きたてのパンなんかも売られています。僕はそれが気に入って、早く起きて行きます。出勤前です」
「それが何か」
「先ず状況説明です」
「結果だけを簡潔に」
「結果はありません」
「まあ、いいですから、手短に」
「その通りに入ってすぐのところで、すれ違う自転車があるんです。朝市をやってますからねえ、人通りも朝からあります。狭い道ですが」
「その人が何か」
「いつも決まった時間に通っています。だから、僕が少し寝坊したりすると、すれ違う位置が違います」
「それだけの話ですね」
「はい」
「そこから、何を得ようというのですか。何のモデルになるとでもいうのですか」
「ああ、少し先があります」
「先?」
「通りの先です。朝市の場所です」
「はい」
「毎朝その人を見ているのですが、今朝もそうでしたが、ふと妙なことを思ったのです」
「どんな」
「まだ、聞く気があるようですねえ」
「あと一分なら」
「はい。それはですねえ。僕が朝市に行く時間は朝市が始まる直前なのです。だから、その通りは朝市へ向かう人ばかりです。だって、朝市は始まった瞬間のような時間ですからねえ」
「どういうことですか」
「その毎朝すれ違う人、朝市の帰りの人じゃないことが分かったのです。そんなこと昨日までは思いもしなかったのですが、今朝、ふとその人の顔を見て、意識したのです。この赤ら顔で四角い人は何だろうかと。今までは朝市の帰りの人だと認識していましたから、また、あの人が朝市から戻って来るんだなあとだけ思っていました」
「そこは通りでしょ。道でしょ」
「抜けられません。朝市は工場の裏と接していて、突き当たりなんです。だから」
「じゃ、その通りに面したところに住んでいる人でしょ」
「左は工場の塀で民家はありません。右側は公園で柵があります。朝市は奥にある倉庫跡です」
「ほう」
「だから、その人、何処から出て来たのかと」
「さっと行って、さっと何か買って出て来たのでしょ」
「それが手ぶらなんです」
「朝市の人じゃないのですか、徒歩ですかバイクですか」
「普通の自転車です」
「じゃ、品物を運びに行って、戻るところじゃないのですか。朝市で店を出している人でしょ。その程度は考えれば分かるでしょ」
「そうなんですが、これがですねえ、不思議な錯覚というか、不思議な想像をかき立ててくれたのです」
「事実関係は不思議でも何でもない」
「はいはい、おっしゃる通り。しかし、その錯覚が大事なのではと」
「何が」
「アイデアにですよ。先ずは、こういう勘違いを起こしたとき、別の世界が見えるのですよね。別の。これは日常の中で起こっている」
「それを、今度の商品とどう結びつけるのかね」
「はい、勘違いを起こさせ、妄想を抱かせえるイメージ作戦を」
「そんなこと普通にやってるじゃないか」
「ああ、そうでしたか」
「時間を無駄に潰した」
「ごめんなさい」
 しかしこの上司、もう少し丁寧に枝葉まで聞いていけば、より具体的なアイデアが得られたかもしれない。
 ただ、これを喋っている部下、プレゼンが下手すぎる。よく社員として採用されたものだ。こちらのほうが謎で、テンプレートにはない。

   了

 


2014年9月23日

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