小説 川崎サイト

 

足がつる

川崎ゆきお



「涼しくなってくると、持病のようなものが出ますなあ」
「私もです。足が引っ張ります」
「足」
「最初の一歩がぎこちないのです。足が硬くなったような。前に出すのがゆっくりになり、引くときもゆっくりです。二三歩歩けばスムースに行きますがね」
「血の巡りが悪くなったのでしょうなあ」
「そうかもしれません。夏の間は、そんなことはなかった」
「年ですなあ」
「いや、若い頃からです。子供の頃はそんなことはなかったのですが、十代後半からですかねえ。特に真冬はいけません」
「ずっとそんな感じですかな」
「いや、治ったこともあるんです。そのときは気付かなかった。歩き始めですが、足がつるって意識、ずっと持ち続けているわけじゃありません。つったとき、ああ、つったと思うだけですよ。急いでいるときでも、ゆっくりになります。余裕を持ってゆっくりじゃなく、それ以上スピードが出ないのですよ。こむらがえりのように痛くはないのですが」
「それは困りますねえ。会社内とかでは」
「はい、しかし、年を取ると治ってきました。あまり出なくなったのに、最近思い出したようにたまに出ます。若い頃より軽いですがね。ひどいときは最初の一歩が出ないこともありましたよ。何をしているのかと不審がられました。椅子から立ち上がるまではいいいのですが、最初の一歩が、だから医者で順番待ちをして呼ばれたとき、歩けないと不細工ですよ。足が悪いんじゃないのにね。それは若い頃ですよ」
「それは若者らしくない。私は笑うと顔の筋肉が戻らないことがあります」
「え」
「あ、本当に戻らないのなら、ずっと今も笑顔のままですよ。戻ることは戻るのですが、戻りが遅いのです」
「それも寒くなってからですか」
「そうです。顔をくしゃっとさせるとだめです。夏の間は何ともなかった」
「それは若い頃からですか」
「ああ、そうです」
「じゃ、それも年じゃないんだ」
「そうです。あなたと同じで、年を取ってから、それは減りましたよ。多少はありますが、戻りが早くなっているので、気付かないこともありますなあ」
「足は」
「足には出ません」
「足の場合はきついですよ。電車のドアが開きますねえ」
「はい、電車のドアね」
「ドア前で立っていて、さあ、降りようと思うが、足が出ない」
「ほう」
「若い頃ですよ。これは誤魔化すのが大変だ」
「段差が少しありますねえ」
「あります。だから、少し一歩が大きくなるような感じになります。それで引きつります」
「どうしました」
「降りませんでした」
「一歩が出なかったと」
「だから、ドアの前には絶対に立たない。二三歩歩く余裕が欲しい。助走がね、いや助歩です」
「はい」
「若い頃でしょ」
「そうです。これは治るものです。多少は残っていますがね。こうして少し寒くなってくると出ることは出るのですが、軽症です」
「年を取ると良くなってくることもあるんだ」
「今なら、年寄りなので、足がつっても、気になりませんが、若い頃はそうはいかない」
「年を取ってから治る。いいこともあるんだ」
「そうです。長い年月をかけて、微調整されたんでしょうねえ」
「誰が」
「だから、体が自然に」
「ああ、はいはい」
 
   了


 


2014年9月28日

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