小説 川崎サイト

 

前置き料金

川崎ゆきお



 運命の糸、これは意図だ。そこに流れているのは、まさに底に流れている何かで、これだけは窺い知れないが、たまに見せてくれることもあるが、後の祭りだ。
「そんなものがあるのですか」
「あると言わなければ占い師はできんだろ」
「備えあれば憂いなしで、役に立ちますか」
「備えようが憂いようが、それもまた運命の内」
「はあ」
「備える動きも、また運命」
「全てが決まっているのですか」
「決まってはおらぬ。ここにあなた、来ましたね。すぐに何も聞かずに、帰ってもよろしい。続きを聞きますか、それとも信用ならんと思い、帰りますか。どちらを選ぶかはあなたの自由、あなたの意志で決まります」
「それも運命で決められているんじゃないのですか。たとえば、私は、これ以上いたくないので、立ち去ることも」
「では、それが運命だったとした場合、もう少しここにいることは運命に反することになります。今なら、どのようにも決められます」
「その決めたことも運命の内じゃないのですか」
「いいことを言われる。そこなんじゃ」
「はい」
「メインのストーリーがあると仮定するのが運命。しかし、それは誰が知っておる」
「誰も知りません」
「そこに、このカラクリがあるんじゃ。だから、占い師も成立する」
「じゃ、私はどうするかを占って下さい」
「占いは予言ではない。運命のメインストリートを示すだけでな」
「何ですか、そのストリートとは」
「その人の定めじゃ。定まった道がある」
「はあ、それはもう決まっているのですか」
「駅前に二軒の喫茶店がある」
「最近喫茶店、そんなに多くないですよ。大きな駅ですか」
「仮にだ」
「はい」
「どちらの店を選ぶのかは、人生の本筋にとり、それほど重要な岐路ではない。メインじゃないので、その程度の振り幅は寛容範囲内じゃ。そう言うことではなく、本筋を語るのが占いの仕事じゃよ」
「その本筋は決まっているのですか。運命的に」
「これはのう、傾向程度じゃな」
「はあ」
「人相がそうじゃ。骨格などもそうじゃ。それで気性が多少は分かる。そういう顔、そういう体型、体質の人は、こういうことをする人が多いというデータ的なものじゃよ。百パーセントじゃない。だから、別の部品も見る。目の形、眉の形、口の形。それらは全てパラメーターとなる。口とか鼻、耳などは体の別の箇所に似ておるようにな」
「たとえば?」
「鼻の形、口の形と性器じゃ」
「ああ、それは風呂屋に行ったとき、分かりました」
「ただ、それらは大まかな傾向でな。また一つの部品だけで決まるものではない。組み合わせで決まる。ただ、それでもまだまだ傾向的な面しか分からぬ」
「傾向とは何ですか」
「似たような道を辿ると言うことだな。似ているが、そっくりではない」
「えーと」
「何かな」
「何を聞きに来たのか、忘れました」
「あなた、占いに来たのですよ」
「ああ、そうでした」
「長い前置きをした。これは追加料金が必要じゃわい」
「運命の話で、このままいるか、帰るかでは、私はいることに決めました。占って下さい」
「何を」
「だから、私の運命を」
「それは占えぬ」
「え、どうしてです。あなた占い師でしょ」
「話を聴いていなかったのか。それは予言になる。占いと予言とは違う」
「じゃ、店を間違えた」
「そうそう。ここは、判断に迷ったときに来るところだ」
「あ、すみませんでした」
「しかし、前置き料金は頂きますぞ」
「はい」
 
   了


 



2014年10月3日

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