小説 川崎サイト

 

暮らしの知恵

川崎ゆきお



 生活や暮らしぶりは人様々だ。そのため普遍的な話にはなりにくい。そこに共通するものはあるのだが、それを言い出すと抽象的になり、味気ない。やはり具体的なそのものの話題でないと。
 普遍性や共通性などは必要だろうか。話をそちらへ持って行く方が立派に聞こえるが、論が高すぎると、何も言っていないのに違い。
 それ以前に、生活や暮らしぶりについて普段考えるだろうか。生活の範囲は広い。個人の暮らしと言っても、その中にはいろいろなものがある。一言では言えないほど多くの用事や動き方をしている。
「生活の知恵とか、暮らしの知恵なんかの本を読んだことはありますが、あらためて、そんなことを思うのは暇なんじゃないですか。仕事をこなすだけで一杯一杯です」
「でも、そういう本を読んだことはあるのでしょ」
「小賢しい話でした」
「ほう」
「その後、知的生活の知恵という本を読みましたよ」
「よく読んでおられるじゃないですか」
「ベストセラーになったのか、本屋で積まれていたので、ついうっかりと」
「ほう」
「何を読んでいいのか分からないので、賢そうな本を選びました。お金を払うんだから、為になる本がよろしいでしょ」
「為になりましたか」
「知的生活って、言葉が私には合わなかったというか、知的生活なんてしていないのに、その知恵など何処で吹いている風なのか、思い当たりませんでしたなあ。私はねえ、本を読めば知的生活だと思っていましたから、よく読んでいるのですよ」
「はいはい」
「知的生産の技術って、本も読みました。知的生産って、技術なんですかねえ。そこらへんが小賢しくて、そんな小細工って、知的じゃないでしょ」
「ああ、はいはい。でも知的の範囲は広いですから」
「暮らし向きのことはねえ、それをやっている人がプロですよ。誰も同じことをやっていないでしょ。朝起きてからやることは似ていても、やり方や順序が違う。また省略したり、よけいなことを加えたりもする」
「え、誰がプロですか」
「やっている本人が一番よく分かっている。創意工夫なんて、その人の好みですよ。癖ですよ。いくらいい話でも、私には合わなかったりしますからねえ。それに、その本の人より、私の暮らしぶりは私が一番よく知っている。だから、私の方がプロですよ。詳しさにおいて」
「しかし、他人の知恵が役立つこともあるでしょ」
「一瞬はねえ。そうか、そういう方法もあったのかって、思うことはありますが、しかし、すぐにさめてしまいますなあ、運転していると。いつもの運転とは違い、最初は新鮮なんだけど、何処かぎこちない。そのうち元の我流に戻りますなあ」
「しかし」
「はい、何ですか」
「普遍的な、一般的なことも大事でしょ」
「誰が」
「ああ、皆さんがです」
「私は皆さんではなく、田村ですよ」
「だから、田村さんも」
「も」
「いろいろな人に役立つと思うのですが」
「ああ、そういうこともあるだろうねえ」
「そうでしょ」
「それで?」
「はい、普遍性のある商品です。どなたにでも役立ちます」
「役立つが金がいるだろ」
「あ、はい」
「それだけ前振りが大きいと、値段も比例して高いんだろうねえ」
「あ、はい」
「まあ、君の仕事を助けてやりたいけど、ここで売った分、君の給料になるの」
「なりません」
「じゃ、誰のお金になるの」
「会社のです」
「君がそれで助かるのなら、買ってあげてもいいけど、君は儲からんというのでは詮無い」
「いえ、成績が上がります」
「それだけではだめだよ」
「そうですか」
「それで君、その暮らしに役立つ、その商品、使っていないの」
「使っています」
「高いのに」
「サンプルを使ってます」
「それで、生活や暮らしぶりがよくなった?」
「あ、はい」
「じゃ、何でこんな胡散臭いセールス続けているの?」
「皆さんにお役立ちになりたいからです」
「私は皆さんじゃなく、田村だよ」
「その田村さんの暮らしぶりにお役立ちになりたいと思いまして」
「暮らしぶりの改善ねえ。それって、札束をここに置いてくれれば、即改善だよ」
「ああ」
「君もだろ」
「そうですねえ」
 結局、抽象的な話で、具体的な商品を出す前に、セールルマンは引き上げた。
 
   了
   


 


2014年10月19日

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