小説 川崎サイト



紅烏

川崎ゆきお



 猫の額よりは若干広い庭を章蔵は気に入っていた。新築の建て売り住宅にはない趣があるのは家が古いためかもしれない。
 章蔵夫婦が定年までにやっと手に入れた我が家である。
 昔の長屋のように同じような玄関が並んでいる。裏側の庭も同じだろう。
 章蔵夫婦には子供がいない。この古い家が壊れる頃には夫婦もあっち側へ渡っているだろう。
 章蔵はその日、お気に入りの縁側に座り、庭を見ていた。花か野菜でも植えようと思っているうちに雑草が庭を占領した。
 庭の向こうはお寺の敷地とブロック塀で仕切られている。庭に何も植えなくてもお寺の木々が緑を提供してくれている。
 章蔵の視線はどうしても木の枝や葉っぱの揺れに向けられる。自然は目にも良いのかもしれない。光線が変わると幹も変化し、葉の色も変わる。
 定年後はこうして毎日眺めることになる風景だと思うと、大事にしたい風景だ。
 その風景の中に見慣れない動きがあった。鳥でも来ているのか木の葉が揺れている。
 憩っていた章蔵の胸が高鳴る。見たこともない鳥が止まっているのだ。
 ニワトリよりは小さく、そして朱色の。
 章蔵は紅烏のファンタジーを思い出した。幸福の赤い鳥なのだ。
 紅烏は庭に降りてきた。理由は分からないが、雑草が気に入ったのかもしれない。
 章蔵は身動きしないよう石のように体を固めた。
 紅烏は雑草の中にうずくまっている。何をしているのかが気になるので、わずかに上体を起こし、少しでも上から見ようとした。
 しかし、章蔵の動きで紅烏はパッと飛び立った。
 章蔵は紅烏のいた場所へ行くと、薄い朱色の卵があった。大切な授かり物だと思い、仏壇に供えた。なぜそんな場所に置いたのかは章蔵にも分からない。聖なる場所のためかもしれない。
 翌朝、妻の留子とトーストをかじりながら、章蔵は紅烏の話をした。
 留子は口をポカンと開け、額から汗を流した。
 朝はトーストと目玉焼きだった。章蔵が食べている目玉焼きはやや小さかった。
 
   了
 
 



          2007年1月14日
 

 

 

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