小説 川崎サイト

 

絶景が見える寝床

川崎ゆきお



 つづら折れの道と言うのだろうか。七曲がりの坂と言ってもいい。山道で車は入れない。階段が所々ある。丸太を横に置き、杭で留めた程度なので、かなりはずれている。誰も通らない道なのだ。山の取っつきに、こぶのように出ている場所に一軒の家がある。この家専門の通路だ。資材をよくここまで運び上げて建てたものだ。
 五階建てほどのビルの階段を上る体力がいる。その屋敷の主は足腰が強いわけではない。ここに来たときはしばらくは外出しないためだ。当然、それなりの資産を持っており、運転手が送り迎えしていた。小柄な老人のため、おぶればいい。そのため、運転手は体格のしっかりした男が採用されている。
 この屋敷の目的は簡単なものだ。マンションでも可能だが山並みや森、庭の柿木。などが見える必要があった。それに隣近所はいない方がいい。
 山も幾重にも重なって見える方が好ましい。できれば遠くに雪を被ったような高い山があることも。
 さて目的だが、寝たきりになったときの楽しみらしい。布団の上からそれらの風景が一望できる。
 そして、まだ足腰は確かだが、田端老人は今日も風景を見ている。布団の上からではなく、その横のソファーからだ。こちらの方が多少視点が高くなる。縁側の向こうは庭と絶壁で、大キャンバスの風景画を見ているようなものだ。絵や映画と違い、動く。
「柿の葉を数えたよ」
「何枚ありました」
「隠れているのがあるので、正確ではないが、柿が青い頃に比べ、減っているような気がする。最後は全部落ち、柿だけが残るんだろうねえ」
「オーヘンリーの最後の一葉のようですねえ」
「よく知ってるねえ」
「いえいえ」
「これからが紅葉の始まりでねえ。変化が見られる。毎日ね。空の雲も小さくなってる。あれは鱗雲かね。たまに飛行機雲が出る。あれはジェット戦闘機だねえ。練習しているのかねえ、毎日同じ時間に飛んでる」
「はい」
「あの取っつきの山の右側に蜜柑の木があるんだ。誰が植えたんだろう。蜜柑の産地とは聞いていない。誰かがあそこで蜜柑でも食べたのかねえ。その種が」
「はい」
「その蜜柑が実っておる。葉も見も青いのでなかなか気付かなかった」
「蜜柑の花は咲いてましたか」
「それは残念ながら見ていなかった。最近だよ。蜜柑の木を発見したのは。それにこの距離からでは花なんて分からないかもしれない。知っていれば、見えたかもしれないがね」
「それで、いつまでご滞在で」
「そうだねえ、ほとぼりが冷めるまでだ」
「もう半年ですよ」
「そうだね、世間も忘れている頃だ。そろそろ戻ってもいいか。人の噂も七十五日というが、過ぎたからね」
「一応収束しています」
「いや、まだ出るのはまずい。緊急入院で、その後、静養中で、かなり弱っており、復帰は難しいイメージを作らないとね」
「はい」
「しかし、こういうのを久し振りに見ていると、いいねえ」
「えっ、何でございますか」
「だから、ここからの展望だよ。気に入ってしまったよ」
「戻られると、かなり多忙になるかと」
「そうだねえ。面倒なことがまだまだ残っていたねえ。いっそ」
「いっそ」
「このまま、ここで暮らすか」
「それはなりません。後の処理が山積みですから」
「その山より、この山の方がいい」
「今週一杯までにして欲しいとのことです」
「分かった」
「じゃ、これで連絡は終わります」
 老人はそのまま山を見ている」
「次は柿の数を数えるか」
「はい」
 
   了
   
    

 


2014年10月29日

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