小説 川崎サイト

 

冬が来る前に

川崎ゆきお



「冬になるとそれが現れる。木枯らしの吹く頃、冬の入り口だ。木枯らしと一緒に現れるのじゃ」
「共にですか」
「枯れ葉が舞うようにな。ただその女は舞わない。踊りはせんが、ゆるりと歩いておる。長いコートで襟を立て、髪の毛も長い。唇はタラコで大きい。頬と額が出っ張り、目は細長くどこまで切れ込んでいるのか分からぬほど。眉は濃く、当然面長で、背も高い」
「化け物ですか」
「その類じゃよ。妖怪人間じゃ」
「妖怪のような人間。しかも女性」
「うむ」
「単体ですか」
「単体?」
「一人ですか。同類は一緒じゃないのですか」
「ぽつりと一人」
「妖怪女ですね」
「妖女というには色が足りぬ。帽子でもかぶり、髪の毛を隠せば男のようにも見える」
「肩幅も広く立派なのですね」
「ああ、大柄で、骨の太そうな、顔色は土色」
「まあ、妖怪なので、そんなものでしょ。人間と妖怪の間ぐらいですか」
「見た目は妖怪ではない。人だ。誰が見てもな。しかし、木枯らしの吹く歩道を落ち葉を踏み、また、舞う赤や黄色の葉と共に歩く姿を見たとき、これほど不吉なものはない」
「はい」
「遅い目の秋祭りが終わり、御輿の巡行も終わってしばらくの頃じゃ。虫送りと言って、そういうややこしいのは一緒に流したはずなのじゃが、あの女には効かん」
「そ、それは」
「種類が違うからじゃ。出所がな」
「何か人に災いを」
「ない。ないが、口裂け女のような後味が残る。彼岸花をいきなり見たときのように不吉で毒々しい」
「彼岸花、曼珠沙華、またの名を女郎花と言いませんか」
「女郎花はオミナエシじゃ」
「あ、はい。それで、何をしに」
「分からんが、そういう女が歩いているのを見ると、その年の瀬は凶じゃ。無事年が越せるかどうかじゃな」
「その女の謂われはないのですか。新しい妖怪のようですが」
「今時和服の妖怪など出んわ」
「あ、はい」
「人間になりたいと呟いている」
「半妖怪ですからねえ」
「人並みになりたいという意味かかもしれん」
「じゃ、かわいそうな人なんじゃないですか」
「それが露出しすぎておる。黙って物陰で悲しんでおればいいのに、表通りの歩道で身を晒しておる。まるで、見てくれとばかりにな」
「なぜ冬なのですか」
「冬には出ん」
「冬が来る前にですね」
「木枯らし一号が吹いた日に出ることが多い。冬になりつつある頃じゃ」
「その女性は何が目的なのですか」
「それが分からぬから怖い。何か恨みがあるのか、自暴自得なのか、悪い因果なのか、それさえ分からぬ」
「今年も出ますか」
「冬が来る前に見たいものじゃ」
「縁起が悪いんじゃないのですか、見ると」
「今年の服装が見たい。着ているコート類で、この冬の寒さが分かるんじゃ。それに流行物を着ておる。真っ白なダウンコートの年もあった。雪の女王のようにな」
「毎年着ているものが違うのですね」
「同じ場合もあるが、変えてくる年もある」
「あのう」
「なんじゃ」
「ふつうの通行人かもしれませんよ」
「そうか」
 
   了
   
   

 


2014年11月1日

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