小説 川崎サイト

 

本丸のある村

川崎ゆきお


 郊外に残っている古い村跡なのだが、そこだけは近隣の村とは少しだけ違う。祭っている神社も同時期にできたもので、御神体も同じだ。境内の規模も、鎮守の森の大きさも。そして人情も同じで、そこだけが特別な村なのだとは分かりにくい。
 それに気付いたのは、とある散歩人で、近くの人ではなく、自転車でうろうろしている人だった。見知らぬ町内の路地などは徒歩よりも、自転車の方が入り込みやすい。これは住人とすれ違うときでも、早いためだろう。さっと通り過ぎればいい。バイクでもいいのだが、音がうるさく、一方通行や、車除けの杭などで入れない。自転車なら、持ち上げてでも入れる。
 そういう毛細血管のような裏道ばかりを走っている田代が、この村は少し違うと感じた。近くに山もなく、丘もない。平坦な場所で、地形的な特徴は他の村とかわりはないのだが、道が違うのだ。
 この辺りの旧村は、その中心部、中央部に神社があることが多い。山沿いの村なら少し高いところにあるだろう。山の腰部分とかに。見晴らしが良いし、下からも神社がよく見える。
 この村にも神社はあるが、中心部から少し離れている。森に囲まれているのも一緒だが、それとは別に中心部がある。ただ、それらしい場所はあるのだが、寄りつけないのだ。
 古い農家などが残っており、敷地はかなり広い。まるでお寺のような大屋根が並んでいる。農家が密集していた場所、つまり中心部に当たるのだが、そこへたどり着けない。道がないのだ。路地さえない。碁盤の目というほどの規模ではないが、大きい目の道、小さい目の道、そして細い路地、家と家の裏手を通っているような犬走りの道。猫も走ってもよいのだが、塀や屋根の上を走った方が早いだろう。犬は高低差に弱いので、道が必要だ。
 その網の目にような道筋が四方にあるのだが、区切りが広いところがある。道で区切られていないのだ。土塀や、倉や納屋などが並び、それが区切れたところに、お隣の屋敷となるのだが、その間隔が長い。その間を割る小道があるはずなのに、ない。
 そして遠くから見ると、間が空いている。そこに何もない空間がありそうなのだ。大きな田圃一枚ほどはある。農家の庭にしては広すぎる。そこだけ屋根瓦がないので、ぽっかりと穴が空いたように見える。
 その空間へ入ろうと、その周囲を田代は何周もしたが、隙間がない。入り込むには農家の敷地内からでないと無理だ。おそらくそこが村の中心部で、広場だったに違いない。神社の境内ではなく。
 つまり、家が邪魔をして、中に入れさせないのだ。家が守っているようにも見える。道がないのだから謎の空間へは出られない。
 田代は城に近いものではないかと考えた。平城の場合、武家屋敷や町屋が周囲にあるが、まっすぐ大手門まで行けないような町割りをしていると聞く。あえて通りにくくしているのだ。それに似たものを、この村で田代は感じた。
 これが、この村だけが、他の村とは違う特徴だった。
 あとは想像だ。この地方で百姓一揆などがあったという記録はないが、もっと古い時代なら、百姓も武装集団と変わらなかった時代もある。豪族だ。土豪とか豪族とかだ。その名残が、あの空間ではないか。あそこが本丸のようなものなのだ。馬屋や武器庫があった場所かもしれない。
 あとで、航空写真や、住宅地図で見たところ、数件の農家に囲まれた空き地だった。これは共有地だろうか。そこへ入る道はあったと思うのだが、家を建てて塞いだのかもしれない。もう必要はないためだ。
 そして写真で見た限り、緑っぽいので家庭菜園のような畑になっているようだ。
 
   了
 

 

 


2014年11月13日

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