小説 川崎サイト

 

極楽に住む男

川崎ゆきお


「最近どうですか」
「相変わらずですよ」
「それは良いことで」
「良いことなんですか」
「変わらぬものは目出度い哉、です」
「相も変わらぬ貧乏で」
「下手に変わらない方がいいのですよ」
「退屈ですよ」
「貧乏暇なしって言うじゃありませんか、退屈している暇もないでしょ」
「仕事がなくなり、暇になったので、貧乏になったのです。だから得たものは暇だけ」
「暇がある貧乏ですかな」
「暇だけは腐るほどありますが、意外と一日はあっという間に過ぎてしまう。暇を持て余しているのに、これは不思議です。熱中しているときは時間が早いと言いますでしょ。私の場合、ぼんやり過ごしている方が時間が早い。これは何もやっていないので、そう感じるんだと思いますよ」
「ほう」
「一日の中で、いろいろと有益なことを三つも四つもやった日は一日が長かったと感じるのです。まるで三日分ほどのことをやったとね。だから、一日が三日分もあり、これは長い」
「そう言うこともあるのですなあ。それは忙しくても、有益なことをやっていない場合もあるってことでしょうなあ」
「はあ、それは分かりませんが、時間の早さなんて、個人的なものですから」
「体感時間ですね」
「朝ご飯を準備して食べたと思えば、もう昼になっています」
「それは早すぎる」
「朝食後、片づけをしたり、テレビを見たり、ぼんやりしながら本を読んだりしていると、すぐに昼ですよ。まあ、朝ご飯が遅いこともありますがね。それで、昼を食べて、少しくつろぎ、そのあと昼寝をすると、もう夕方近い。それですぐにスーパーへ買い物へ行く。戻ってくると冬場なら、もう真っ暗だ。それで夕食を作って食べ終わると、もう寝る時間が近いのですが、さすがにまだ宵の口。ここでもテレビを見たり、先日買った電化製品を分解したりしていると、寝る時間になる」
「なぜ分解を。買ったばかりでしょ。故障ですか、もう」
「いや、ネジがあると、回してみたくなって、カバーがあるとはずしたくなって」
「元に戻せないこともあるでしょ」
「ネジを使わないで、はめ込み式になっているのは往生します。はずし方が分からない。適当に引っ張ったりずらしたりこじ開けたりしているうちにガバッと開く。どうしてはずせたのかが分からない。説明書を見ると、方角だけの矢印の絵が出ているだけで、それじゃ解説になっていないので、適当にこじ開けたのですよ。今度は閉じ方が分からない。正方形に近くて、どちらが前か後ろか横なのかもも分からない。裏表も。それに老眼でよく見えないのでねえ。でこぼこから察して、合致するようにはしていますが、その形が読みにくい」
「それで、分解した電化製品、戻せましたか」
「何処をどうやったのかは覚えていませんが、元に戻りましたが、何か浮いているようで、ポコッとしたところが残りました。押してもそのポコッが取れない。一応隙間がないので、ぴたりとカバーは閉じたはずなんですがね」
「熱中しているじゃないですか」
「そうですか」
「それで、寝る時間になったのでしょ」
「はい、気が付けば」
「そう言うことですよ。熱中していれば時間は早く立つ」
「すると、私は一日中何かに熱中して暮らしているのですか」
「そうですよ。特に何かをやられたということじゃなくても」
「何かよく分かりませんが、相変わらずの暮らしですよ」
「小さな変化やトラブルが結構あって、相変わらずとはなかなか行かないものですよ。まあ、その程度の変化なら、平和なものでしょ。しかし、電化製品は分解しない方がよろしいですよ」
「はい、つい癖で。それにやることがないので、ついついドライバーを」
「それは結構なことかもしれませんねえ。是が非にでもやらなければいけないことを多く抱えている人に比べれば、極楽のようなものですよ」
「極楽か、そりゃいい」
 
   了
   

 

 


2014年11月14日

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