小説 川崎サイト

 

隠された神々

川崎ゆきお


 本当のことは隠されている。だから本尊を見てもだめで、御神体を見てもだめだ。とその老人が話す。
 そこは神社の境内。こう言うところに普段来る人は希で、殆ど無人状態だが、何処からでも見えるような場所なので、物騒ではない。しかし、誰でも通りから入れるため、たまに妙な人も来ている。この老人がそうだ。この辺りでは見かけない人。
 その神社は住宅地の中にあり、最寄りの駅は比較的近いが二十分ほどかかるだろう。バス停もあるが、本数は少ない。誰でも来られる場所だが、観光地でもなく、他の用を探すのが難しいほどだ。近くに知り合いでもいて、そのついでに立ち寄ったのだろうか。それにしても手ぶらだ。鞄の一つぐらいは持っていそうなものだ。
 そのため、近所の人だと考える方がいいのだが、近所の人に聞いても、誰も知らないと言うだろう。従って地の人ではないし、この町内に住んでいる人ではない。
 その話を聞いているのは、最近この町に引っ越し、近くに神社があるので、見学に来た青年だ。こちらは近所だがショルダーバッグをぶら下げている。これは癖だろう。外に出るとき、必ず、鞄を持ち歩くのが。
「神は隠されておる。だから、ここの神様に挨拶をしても無駄だよ」
「じゃ、本殿にいる神様は」
「あれは、飾りじゃ」
「じゃ、ここの本当の御神体は」
「それは祭らん」
「妙ですねえ」
「しいて言えば、この神社の場合、その横にあるお稲荷さんの後ろ側に石が並んでいるだろ。この近辺に昔あった地蔵や何かだ。何かの都合で、ここに集められたんだろう。その中に、縁のあるものがあるやもしれん。また、雷でも落ちたのか幹だけになっておる穴の空いた古木があろう。あれも縁があったやもしれん」
「何と縁が」
「本当の神様とだ」
「難しそうな話ですが、神社は、まあ、神社でしょ」
「本当の神々の系譜があってなあ。それはもう滅んだ」
「そうなんですか」
「しかし、それと少しは関わりのあるものが残っておる。私はそういうものを探り当てるのが仕事でな。まあ、一円にもならん。人に話しても寝言にしか聞こえんからなあ」
「日本の神様は好きですよ。仏さんより」
「そうか、そう思うところのものが、私が探している神様なのだよ。ただ、探しても形があるわけでも、名があるわけでもない。何処の神社を巡っても、そんな社があるわけでもない。しいて言えば妙なところに注連縄があったりする程度かな。しかし、その由来も忘れ去られ、形式だけになっておる。代々、ここに注連縄を張っていたという理由だけで続けておるような」
「ここの神社にも神木があり、注連縄が巻いてありますよ」
「良いことを言う。これは、この神社の御神体と関係せんかもしれん。神社の境内にある古木はまあ殆どが神木扱いだな。ただ、これは降臨用だから、木そのものが神ではない。ただ、ここに降りてこられる神のようなもの中に、私の探している神がいるかもしれない。ただ、こういう木は決まって注連縄を巻いておる。だから、これはただの飾りだ。ただ、ここに降りてこられた神が、そのあと本殿に行かれないこともある。この木は依り代。柱でもいい。岩でもいい。当然鳥かごのように社などなくてもいいのじゃ」
「神殿そのものが神様のように思えるのですが」
「それは私も気付かなかった」
「でも本物の神様が神殿にいたら怖いです」
「怖いが、いないと、参らないだろ」
「はい。それで、引っ越してきたので、挨拶にきたのです」
「それは良いことだ。この辺りの土地の神様がいるかもしれんから、本殿ではなく、この辺りの地面を拝みなさい」
「それは何の神様ですか」
「地神だよ」
「それは祭られていないのですか」
「氏神や鎮守の神と一緒になっておる。しかし、本当の神は隠されておって、祭られてはおらん」
「本当の神様って、何ですか」
「それは、私が長く研究しておることでな」
「何ですか」
「分からん」
「はあ」
「目にも見えず」
「はい」
「声もせず、においもなく」
「はあ、じゃ」
「それでも、そこはかとなく感じることができる」
「それは内ですか、外ですか」
「その論法で言うなら、頭の中、心の中にあるとも言えるし、外にあるとも言える」
「あなた、何か宗教の人ですか」
「いや、ただの暇な年寄りだよ。いろいろな神社も仏閣も回った。古寺巡礼もした。それでも、分からん。これらの背景にある何かがな」
「はい」
「当然修験者がよく行く山や行場も回った。こちらの方が私の探しているものに近いが、ああいう扮装をした瞬間、これは違うと感じた」
「なぜでしょう」
「彼方の星空も見た」
「あなた、やはり変な宗教の」
「そうではない。その手がかりを探しているだけだ。隠された神々のな」
「そんなものが本当にあるのですか」
「そう名付けているだけで、実際にはそれは神ではないかもしれない」
「この神社に、ありましたか。手がかりは」
「お稲荷さんの裏にある石仏の一つの顔が削られていた。あれは風化したものでも欠けたものでもない。おそらく誰かが、意識的に顔を消し……」
 といった瞬間、老人も消えた。
 境内は静まりかえり、青年だけがぽつりと立っていた。
 
   了

 

 


2014年11月19日

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