小説 川崎サイト

 

ミクロとマクロ

川崎ゆきお


 広い世界を見ましょうと言うが、宇宙の果てまで行くと、行き過ぎだろう。狭い世界で生きている人と言っても、顕微鏡で見ないと見えないところで暮らしているわけではない。程度の問題だろう。では、どの範囲が広い、狭いだろうか。
 それは人と関係しているのかもしれない。人が住んでいない場所はあまり考慮されないが、資源などあれば別だ。人が役立つからだ。そのため、人と絡んでの範囲だろう。
「視野が狭いとよく人に言われますが、魚の目のように、つまり魚眼レンズのような目が必要なんでしょうかねえ」
「昆虫も広いと言いますよ」
「じゃ、視野の広い人は魚顔、昆虫顔の人なんでしょうなあ」
「それは違うと思いますが、物理的に見える視野の広さではなく、認識の広さでしょう」
「そんなこと分かってますよ。言われなくても」
「はいはい」
「ただねえ、広いものを見ると落ち着きません。居心地が悪くなる。広い場所で景色を見るのは好きですよ。しかし、そんなところで住みたくはない。それに広いと目が眩みそうになりましてねえ。目のピントがおかしくなる。崖から下を見たときがそうです。足元の岩と下の谷川とはかなり離れているじゃありませんか。それを同時に見てご覧なさい、落ちますよ。遠いものだけを見ている場合はどうもありません。近くだけを見ている場合もね。近くと遠くを交互に見るとだめです。まあ、同時に一緒には見えませんがね」
「だから、認識の話で、目のピントの話じゃないでしょ」
「そんなことは承知していますよ。しかし、それが関係するんですよ」
「狭い世界と言っても、先ほどあなたが言われたように程度がありますねえ。顕微鏡でしか見えない世界で暮らしているわけがありませんから」
「そうでしょ。しかし、顕微鏡の世界と、広い世界とは同じリズムなんです。同じ振る舞いなんです。同じパターンなんです」
「神は細部に宿ると言いますねえ」
「神は大きいですよ。広いですよ。大きな世界です」
「それが細部に宿るというのですから、小さな世界にも大きな世界があるという意味でしょ」
「宿っているのを見たことはないが、それ以前に神なんて見えないですからなあ」
「はいはい」
「人間になりかけつつある猿の時代なら、神が宿るかもしれませんぞ。あれはチャンスです。いや、そうじゃなく、神が宿ったから猿が人へ進化したんだとも言える」
「宇宙人が入り込んだという説もありますよ」
「だから、そういう大きな話、広い話程狭くなったりします」
「スケールが大きすぎるからですか」
「今までの進化の歴史観とは異なるからです。これは踏み外しです。その踏み外しが狭いということですな。狭いところに落ちると」
「よく分かりませんが、小さな説ということですね」
「まあ、そういう話は人の営みに、今日明日影響を与えませから遠い世界です。広い世界ではなく、遠くの」
「いろいろな解釈があるんですね」
「はい、逆転します。白が黒になったりね。広いものが狭くなったり、その逆もね」
「それは珍しい説ですねえ」
「ただの思いつきですよ。でまかせです」
「はい、参考にしません」
 
   了
   

   
   
 


2014年12月3日

小説 川崎サイト