小説 川崎サイト

 

冥土喫茶

川崎ゆきお


 とある喫茶店に朝一番に来る老人グループが今朝はいない。
「静かですねえ」
「音楽がよく聞こえるようになりました」
「どうしたんでしょうねえ、あの人達。示し合わせて何処かへ出かけたのでしょうか」
「そろって冥土へ旅立ったのかもしれません」
「冥土喫茶へ」
「そうですなあ。しかし、どうしたんでしょう。私は毎朝ここに来ていますが、あの人達は必ずいます。誰もいない日なんてないかも」
 その店の店員は全員バイトで、シフト的に同じ人は週に二日と来ない。そのため、客のことをよく知っているのは客同士だ。
「あり得ないですねえ。異変ですよ」
「あなたも毎朝来てますよねえ」
「いえ、週に一度ほど来ない日もありますよ。用事でね」
「私は用事はこれだけなので、無遅刻無欠席です。少し病んでいた日もありましたが、その日も来ていました。ここに来られるうちは大丈夫と言うより、ここへ来れる力がなければ医者へも行けませんよ」
「しかし、あの人達の笑い声、一人、かなり下品な笑い方をする人がいたでしょ。グファファって、いやな笑い声です。あのグは自我を押し出したときのグでしてねえ。下劣に聞こえる。まあ、そういう人なんでしょう。顔つきも、言葉遣いも、下品だ。だから、朝からあの笑い声を聞かなくてすむので、今朝はいい感じです」
「そうですか、私はダチョウが鳴いているように聞こえていました。まあ、鳥なら仕方がないと」
「しかし、何処へ行ったのでしょうかねえ」
「店替えじゃないですか」
「都替え」
「そう、遷都」
「ここは安いですよ。ここより安いところで近所となると……」
「ハンバーガー屋があります」
「あそこは狭いでしょ。あの人達十人近くいますよ、多い日は。それで朝から昼まで粘っていますからね、無理でしょ。それにテーブルが足りない」
「そうですねえ。条件的には、この店は広いし、客も少ないので、迷惑にならない。だから遷都する必要はない」
「ゲルマン民族の大移動じゃないですか」
「やはり事情があるんだ」
「何でしょうねえ」
「やはり、どこかへ連れ立って遊びに出たのでしょ」
「だから、冥土ですよ」
「ああ、それに近いかもしれませんねえ。仲間の一人が亡くなって、葬式とか」
「朝からですか。あれは昼前後じゃないですか」
「朝仲間なので、朝から葬式をやっているのかもしれませんよ」
「誰でしょ」
「さあ、十人ほどいたけど、いつもは五六人でしたからねえ。全員集合で十人前後です。それに全員の顔を覚えているわけじゃない。あの人達がいるテーブル側は見ないようにしていましたし」
「突然消えたわけですからねえ」
 その翌朝、この老人グループはいつものように姿を現し、下品な笑い声も高々としていた。
 
   了
 

  


2014年12月13日

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