小説 川崎サイト

 

冬至の妖怪博士

川崎ゆきお


 妖怪博士は暇だ。妖怪ブームが何度も訪れていたのだが、どれにも乗り遅れている。かえってそれが安定していていいのだろう。受けるような妖怪を語らなくてもいいからだ。それ以前に収入が安定している。安定して低い。低いが安定している。
「妖怪博士、また妖怪ブームですよ。今回こそ」と、妖怪博士付きの編集者が言う。言うだけは簡単だ。
「そうか」
 妖怪博士には覇気がない。毎年冬至近くは陰に籠もり、勢いが日のように衰えるからだ。冬至後は日照時間が長くなる方向へ行くが、あまり変わらない。やはり日は傾いたままで、影がやたらと多くなる。斜陽傾向は続くのだ。
「子供に受けています。妖怪が」
「ああ、冬至の妖怪などは受けんだろ。子供にはな」
「子供向け妖怪路線で行きましょう」
「私は妖怪を研究しているだけなので、妖怪を作るのが目的ではない。しかし、今はもう子供にしか妖怪は受けんようだなあ。そういう感性というか、妙なものに好奇心を起こすのは、子供が多い。猫の子のようにな」
「何とかしましょう。うちの出版社でも幼児向け妖怪を押す方針です」
「大人があまり妖怪に興味を示さなくなったのは、他にややこしいものが増えたためだろう」
「そんな批評をしている場合ですか。乗り遅れないように急がないと」
「子供はある頃から標準を意識する」
「また、難しい話を」
「その標準が分かった時点で、他とは異なるものに興味を示す。これは標準があってのことだ。人の顔とはこういう形だと認識できるようになる。そこから離れた形に奇っ怪さを感じる。先ずは外形からだな」
「大人に受けないのはどうしてですか」
「いないことが分かりきっているからじゃよ」
「まあそうですが」
「先ほども言ったように、世の中そのものが奇っ怪で、既に世間は妖怪化していると見てもいい。だから、敢えて妖怪など必要ないのじゃ」
「妖怪化などしていませんよ。普通ですよ」
「それだけに気付かんのだよ」
「どこがですか」
「町が綺麗になり、ゴミが減った。しかし実際には増えておるだろ」
「はい」
「昔に比べればとんでもない量だ」
「エコ博士で行きましょう」
「何がエテコじゃ」
「はい」
「隠しておる。それが闇となる。だから、それがあちらこちらで出ておる。妖怪の闇など可愛いものじゃ」
「町も家の中も確かに明るくなりましたねえ、だから闇が消えたわけでしょ。減った程度でしょうが」
「照明の話ではない。心の闇も昔以上に大袈裟に扱う。これで心の病の人が安心して増えた」
「それはどうかと思います。本当に苦しんでいる人、悩んでいる人もいますよ。その配慮をお願いします」
「悩んでいる振りをしておるだけだったりしてな」
「だめですよ、博士。社会常識を持たなければ」
「そういうことで、ますます闇を作る。これで大人達は忙しい。そんなトラップがあるので、ヒヤヒヤしながら生きておる。これぞ妖怪なんじゃ」
「だめですねえ。博士。やはり幼児向けは」
「玩具を作るのならいいが、その行為そのものが、また面妖でなあ」
「面倒なだけでしょ」
「そうじゃなあ」
 冬至前後、妖怪博士はやはり陰の最深部にいるのだだろう。暗い、暗い。
 
   了


 

 


2014年12月26日

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