小説 川崎サイト

 

笠地蔵

川崎ゆきお


 暮れも押し迫った頃、与作は決まって笠や蓑を作る。雨具でもあり、雪除けでもある。一つではなく、このセットを同時期に六つ作る。
 その年の雪は深く、吹雪も例年より多い。そのため、密度の高い蓑にした。本当は被り笠だけでもよかったのだが、ここ数年は肩や背中まで覆う蓑まで作っていた。
 そして、大晦日の朝、雪を確かめる。与作にとり、幸いにも雪が降っている。それも少し強い目に。猛吹雪ならもっと都合がよい。悪天候では出かけにくいが、それほど長い距離ではない。家の少し前に道があり、数分とかからない。それだけのために笠と蓑を作っていたのだ。
 これで、おおよそのことは分かるだろう。与作の年中行事が。
「今年はもうやめたらどうなんじゃ」与作の妻、もう老女だが囁く。
「いやいや今年こそ」
「毎年だめじゃないか」
「これこれ婆さんや、聞こえるではないか」
「おお、そうじゃのう」
 既にお分かりのように、家の前の道に地蔵が六つ。有名な笠地蔵だが、笠など被っていない。それを付けるのは大晦日の夜。そして雪の日に限る。
「さぞ寒かろう」と村人が地蔵に笠を被せる。横並びの六地蔵。元旦の朝、屋根の雪でも落ちたようなドスンドスンという音。戸を開け、隙間から外を見ると荷車に米俵や餅、それに宝物を六地蔵が手分けして下ろしているのだ。雪笠のお礼だ。そして荷車を押して去っていく地蔵の後ろ姿。
 与作はそれを真似た。実際にはそんな地蔵など最初からない。だから作った。その道から家まで、荷車が通りやすいように整備もした。お宝の置き場所として米倉のようなものも造った。普段からいつも空なので、必要はないのだが。当然、初期費用がかかっている。
 そして、最初の年はスカだった。地蔵の恩返しはない。しかし、初期費用がかかっている。続けないと損なので、翌年も、さらに翌年も。だが、ドンスという音は元旦の朝に聞こえることはなかった。
 それである年からは笠だけではなく、箕まで用意した。しかし効果はない。
「やはり、そんな甘い話はないか」
「そうじゃよ。お爺さん」
「そうだなあ」
 その翌年、地蔵に笠を被せるのをやめた。その年の大晦日は大雪で、猛吹雪で、外に出られないほどの悪天候だった。
「こういう日に被せてやれば効果があるのにのう」
「甘い、甘い。お爺さん」
「そうじゃのう。そんな簡単なことで、お宝が得れるわけがないわい」
 元旦の朝、貧しい食事をしているとき、表戸を叩く音。
「だ、誰じゃ」
 戸を開けると、近くに住む貧しい老人の姿。
「彦三さんじゃないか、元旦から何か用か」
「お裾分けじゃ」
 彦三は餅や米俵などを、どかっと置いて帰った。
「しまった。やられた」
 大晦日の夜、彦三が笠を被せたのだ。
「だから続けようと言ったのに、婆さん」
「そうじゃなあ。続けることが大事なんじゃなあ」
 その後、与作は毎年毎年笠を被せ、蓑を掛けてやったが、何も起こらなかった。
 ただ、箕や笠づくりの技術は上がり、材料となる草藁は丈夫で軽く、雪捌けがよいものを一から選択し直し、笠も檜のクズではなく、良いものを選んだ。
 いつかそれが与作笠、与作蓑として売れるようになり、家の前の六地蔵は年中それを付け、飾られた。まるでマネキンのように。
 そして六地蔵簑笠としてこの地方での特産品となり、製造卸の与作は、もう年の瀬に餅の心配をすることはなくなった。
 
   了
  
 


 


2014年12月27日

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