小説 川崎サイト

 

棚雲

川崎ゆきお


「棚雲ってご存じですか」
「聞いたことありません。どんな雲ですか?」
「雲の名は多い。実際の雲じゃなくても、雲を付けたりする。乱れ髪があれば、乱れ雲もある」
「棚雲は、棚のような雲ですね」
「いや、一段だ」
「はあ、でも棚なんでしょ」
「和室で棚を吊るだろ」
「置くんじゃないのですか」
「鴨居の上だ。隅っこの角でもいい」
「ああ、棚を吊るって言いましたねえ、昔は」
「そこに神さんなんかを祭ったりしていたねえ。まあ、ちょっと物を置く台のようなものだ」
「棚雲は?」
「天井を隠すからね。一部をね」
「あ、はい」
「ただ、実際の棚雲は大きな雲の塊だ。天を覆うようなね。雨の日のガスのような雲じゃないよ。形がある。大きい一枚物の雲だ」
「その棚雲がどうかしましたか」
「たまに見ることがある。穴が空いてちゃだめだよ。一部でも切れ目があっても」
「僕も見た覚えがありますが、雲が多いなあって、思った程度です。島じゃなく、大陸のような雲でしょ」
「曇りじゃないんだ。晴れている。青空が見えている。あれは鬼の洗濯場とか、千畳敷とか言うのかもしれないけど、上にあるからねえ。上にあって天を邪魔しているもの。だから、棚なんだ」
「そんな大きな棚、不安定ですよ。それに奥の方だと手が届きませんよ」
「そうだね。しかし棚は頭の上にあるのがいい。私の家にはまだあるよ。近所の大工さんが作ってくれた。部屋の角だ。だから、三角の棚だよ。あなたも言われたように不安定だから、支え棒を柱なんかに当てている。だから吊っているようなものだよ。手前は何とか手が届くが、奥は無理だ。脚立がいる。椅子でもいいけどね。だから天井裏に近いねえ。アクセスしにくい場所だから」
「そこに何が置かれていたのですか。神さんですか」
「さあ、何だろうねえ。物置のようになっていたよ。しかし強度がないからねえ。重いものは無理なんだ。でも手を置いてぐっと下へ押すと、まだまだ耐えている。それで、まだまだ乗せられると思い、限界まで乗せたよ。その限界が分かりにくい。一気に崩れそうだからねえ」
「棚雲の上には何も乗っていないでしょ」
「雲だからね。あれは実際にはワタのようなものじゃないらしいから。何も乗せられないだろう。当然乗れない」
「雷さんが乗ってますよ」
「そうだったか」
「棚雲を覚えたので、少し賢くなりました」
「そういう意味で棚雲と名が付いたのかどうかは知りませんよ。私の勝手な想像ですからね。それに覚えても使うことがないかもしれないねえ」
「はい」
「ただ」
「何ですか」
「下に置いてもいいものと、置いてはいけないものがある」
「棚に上げるとも言いますねえ。下に置けないものは」
「え」
「昔のことを棚に上げ、今更何を……とか」
「あるねえ。私は棚からぼた餅ってのが好きだ」
「やっぱり、棚は上なんですねえ。天から落ちてくるんですからねえ、ぼた餅が」
「棚卸しの品も、上に置いていそうだねえ」
 昔は日曜大工で棚が吊れるようになって一人前だった。ちなみに店と棚とは関係している。大きな店を大棚という。見せ棚が店になったとかも。だから、見せ屋が店屋に。店とは、先ずは見せることだろう。品を。
 棚雲はそんこととは関わりなく、大陸のように浮かんでいる。
 
   了

   


 


2014年12月30日

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