小説 川崎サイト

 

天女が笑う

川崎ゆきお


「来年のことを言うと鬼が笑うと言うが、何処にいるんだろうねえ」
 師走、忙しいときに、のんきなことを言っている。特に用事がないのだろう。
「鬼ですか」
「何処に所属している鬼だろうか」
「それよりも、来年のことを考えていたのですか」
「ああ、新年が来るなあ、年を越すなあとね」
「来年の計画とか?」
「ない」
「あ、はい」
「年末年始も静かなものだ。これが不気味でねえ。まあ、以前は師走は忙しく、押し迫ってからが大変だったが、もう今はそれもないので楽なんだが、この静けさが妙なんだよ」
「正月の準備とかは」
「しなくてもいい。隠居なのでな」
「はい」
「この静かさが鬼かも知れん」
「はあ」
「最近の年越しが怖いのは、そのためなんだ」
「鬼が出るのですか」
「鬼かどうかは分からんが、鬼が静かに見ているようなね。視線がね、あるんだ。忙しい頃はそんなこと、思いもしなかったんだが、この静けさが危ない」
「でも、いいじゃないですか、静かに年の瀬を迎え、静かに新年を迎える。これが本当はいいんじゃないのですか」
「そうなんだが、何もないのが怖い」
「怖いと言えば鬼ですか」
「見たことはないがね」
「静かな年末年始に出る鬼かも知れませんよ」
「盆には鬼は出ん」
「どうしてですか」
「地獄の鬼も、閻魔さんも盆は休みなのでな」
「はあ、そうなんですか」
「しかし、年末年始は鬼はどうしているかだ。地獄も営業中かも知れん」
「じゃ、閻魔堂へお参りに行かれてはどうですか。鬼もいるかも知れませんよ。そこで確認するとか」
「冗談が通じる人だねえ」
「いえいえ」
「しかし、この近くに閻魔堂はあるかねえ」
「隣町のはずれにあります」
「そうか」
「まだ農家なんかが残っています。そこにお堂があって、閻魔堂と書かれてました」
「ほう、詳しいねえ」
「神社とはまた違うんです」
「閻魔さんだからお寺系だろ」
「はいはい、そうです。閻魔さんの像がありました」
「鬼は」
「閻魔さんの眷属だと思いますから、周りにいるかと」
「見たか」
「え、鬼ですか」
「いや、その閻魔堂に鬼の像とかを」
「それは見ていませんが」
「極楽へ行けばいいんだ。それなら鬼は出ない」
「はい」
「来年のことを言うと笑う鬼は地獄の鬼だ。来年は私の世話になるだろうってね」
「はい」
「だから、極楽へ行けばいいんだ。すると、天女が笑うとなる」
「天女の世話になるのなら、良いですねえ」
「しかし、来年であっち側へ渡ってしまうんだから」
「まあ、どうせ渡るわけですし」
「天命を全うしたなら、不幸じゃないけどね」
「はい」
「しかしこれは老衰だろう」
「命を使い切ったわけですね」
「事故でなくなっても、まあ、それも天命だろうがね」
「じゃ、善行を積んで極楽へ生きましょう」
「来年のことを言うと天女が笑う。これだな」
「はい、お大事に」
 
   了

   
   

 


2015年1月4日

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