小説 川崎サイト

 

魔法の発生

川崎ゆきお


 人にはお伽噺が必要だ。現実にはあり得ないような。実際に起こるような話ではなく、空想の扉を次々と開けていくような。これは架空の想像上の物語であり、見る側も決して現実のものとは思っていない。ただ、それを見るのは一人だけで、それを想像した人だけ。これは人に聞かす話ではなく、常に隠されている。奥深くに。
「お伽噺ねえ」
「最近リアルな話ばかりなのでね。それだけじゃ味気ない。まあ、現実が吹っ飛んでいるような話はしらけるがね。あり得ないんだから、聞いても仕方がない。人の妄想を聞いているようなものだから」
「でも必要なんでしょ」
「個人的にね」
「どんな」
「それはあまりにも稚拙すぎて、人には言えない」
「幼稚な話なんですか」
「自分が思いついた話なので、都合のいいように作られているんだが、そうもいかないことがある。嘘の話でも、どこか現実と繋がっていて、身動きが取れないこともある」
「身動きですか?」
「話がそこで止まってしまう」
「お伽噺なんだから、何とでもなるでしょ」
「できれば魔法のようなものは使いたくない」
「そのとき偶然とか」
「話の持って行き方が魔法なんだ。話の中の魔法ではなくね」
「それが、どうして必要なのですか」
「もう一つの世界が必要なんだ」
「絶対に?」
「必須ではないけど、できれば、あった方がいいってことかな。しかし、それを忘れてしまうことがある」
「お伽噺を」
「どんどんリアルになっていって、お伽噺じゃなくなっていく」
「あり得ないことを想像しても仕方がないですから、それでふつうでしょ」
「そうなんだけど、それじゃふつうの話になる。現実のね。これはなるようにしかならない」
「お伽噺なら、ならないこともなるんでしょ」
「なるように扉を開けていく。これなんだ」
「現実の扉じゃなく、架空の」
「そうそう」
「でも現実には役立たないでしょ」
「不思議と連動している」
「オカルト?」
「お伽噺の展開がすらすらいくときは、現実の話もすらすらいく」
「それは、呪術に近いです。因果関係がないんだから」
「個人の中ではある」
「現実と空想がごっちゃなった人がいるけど。それに近いんじゃないですか」
「それは使い方が下手なんだ。お伽噺は黙して語らず、漏らしてはいけないし、その気配さえも見せてはいけない。現実の話の中にお伽噺を入れてはいけないんだ」
「ふーん、よく分からないけど、変なことやってますねえ」
「ところが、さっきも言ったように、そのお伽噺を最近やらなくなり、現実の話ばかりになってしまってねえ」
「で、どんなお伽噺なんですか」
「黙して語らずだ」
「相変わらずもったいぶった言い方ですねえ」
「そうだなあ、お伽噺が裏で流れていることを言ってしまったのが失敗だった」
「油断?」
「そうそう。まあ、中身を言わなけりゃ、いいんだ」
「そのお伽噺が、魔法なんですね」
「さあ」
「それが呪文なんだ」
「さあ、どうかな。それは君もやっているよ。無意識のうちに」
「はあ」
 
   了
   
   
   

 


2015年1月6日

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