小説 川崎サイト

 

釣り落としたフク

川崎ゆきお


 坂田はこの上着ではないかと思った。デパートの古着市で。
 寺や神社の大きな縁日のとき、古着の露天が出る。それを見ても何とも思わなかったのだが、都心のデパートで見ると新鮮だった。
 冬の終わり頃から春先に着るカジュアルなコートだ。そのタイプは余るほど持っている。だから着るものに困っているわけでもないし、また古着しか買えない経済状態でもない。といってお洒落でもない。
「古着?」
「ああ、ぴんときたんだ。これじゃないかと」
「え、何にピントがきたの」
「しかし、どちらに出るかは分からない」
「話が見えないけど」
「世の中は見えない」
「えっ」
「自分がどうなるのか不安なんだ」
「心配事でもあるの」
「言うほどのことじゃないけど、調子がね。出ない」
「何の話だろ。それと古着がどう関係するの」
「流れを変えるきっかけになるかも知れない」
「古着が?」
「そう」
「古着に意味が?」
「古着でなくてもいい。もっと言えば服じゃなくてもいい」
「変な話だねえ。で、その古着、買ったの?」
「どちらか分からないから、まだ」
「聞いてる方が分からないよ」
「それを買うと流れが変わるような気がするんだが、どっちに出るかがまだ分からないんだ」
「何が出るの」
「良い流れになるか、悪い流れになるか」
「ただの古着だろ」
「こういう古着にはたまにあるんだ。何かが入ってる」
「要するに、貧乏神が入っている可能性もあるってことかい」
「僕は福の神だと思うけど、違っていたら大変なことになる。だから、迷っているんだ」
「怖いこと、やってるんだ」
「いや、そうじゃない。その古着を買ったのがきっかけで、良くなる可能性がある」
「ないない。要するにその古着が欲しいんだろ」
「結構捜していたんだが、もう売っていないんだ。化繊に押されて、綿のコートはね。最近全く見かけなくなった」
「寒いでしょ、綿だけのコートは」
「だから、春先ならいける」
「じゃ、買えば」
「これで、運が変わるかも知れない」
「福の神入りだから?」
「いや、違う。幸せ度が」
「以前からそんな趣味、あった?」
「黙っていたけど、結構信じてる」
「まあ、人のこと、とやかく言わないけど、自由だし、好きなようにしたら」
「あれを買えば、開運だ。流れが変わる」
「じゃ、迷ってないで、買うんだな」
 坂田は翌日会社の帰り、デパートへ寄ったが、もう古着市は昨日で終わっていた。
 釣り落とした福服は大きい。
 
   了
   

   


   


2015年1月10日

小説 川崎サイト