小説 川崎サイト

 

少女と老龍

川崎ゆきお


 他の少女とは少し様子が違っていた。何か特別な子供ではないかと思えるような節はあるが、それはただの外形だけかもしれない。髪の毛の色が他の村人とは少しだけ違い、青っぽい。また、瞳の色が黒ではなく、少し薄い。目が悪いわけではない。
 ただの村娘で、その両親もただの百姓だ。その少女、名をまゆと言い、親が適当に付けた名だ。
 まゆは特別な人間ではないかと自覚し始めたのだが、その根拠はない。髪の毛と目の色程度で、少し違う程度なのだ。目が茶色い村人もおり、また髪の毛が茶色い村人もいる。だから、ほんの少し髪が青みがかり、瞳の色が薄い程度では言うほどのことではないのだ。しかし、まゆはそれを気にしたのか、またはそれとは関係なく、天啓のようなものを得たのか、他の子供とは遊ばず、一人でいることの方が多かった。
 自分が特別な人間ではないかと思うようになった根拠は薄いのだが、そう思ってしまったのだから、これはもう仕方がない。
 旅の高僧が村を訪れたとき、まゆはポツンと、その前に立った。高僧はまゆを見て、不審がった。何か用があるのかと思ったのだ。しかし、まゆは黙ったまま立ち尽くしている。道を少女が塞いでいることになり、両親は慌ててまゆを脇にやった。
 旅籠に泊まった高僧は、あの少女は何者かと、村長に聞いた。村長はただの村娘だと答えた。無礼があればお詫びしますので、どうかお許しをと。
 高僧はそれ以上まゆのことは聞かなかったが、不思議な少女だとは思った。
 その頃、国は荒れ、戦乱の世となり、誰も鎮めるものがいなかった。この時代、龍が神だと信じられており、これを鎮めるには龍を使える人間が必要だった。龍の力で乱れた世が治まると信じられていたのだ。
 その龍がまゆの村からもよく見える大樹海に棲息していた。そのため、その樹海に入り込む者は誰もいなかった。龍は神であり、神域のためだ。その龍は老いた玄龍で、人がこの世に出て来た頃から生きているらしい。そして、山ほどもあるような巨龍。ただ、凶暴で、近付く生き物は食べてしまうとか。
 太古からその言い伝えがあるため、誰もその樹海には入らない。そして龍を見た人間もいないが、樹海近くで、その一部を見た村人はいた。
 まゆはその神話のようなものを聞き、そろそろ時期が来たのではないかと樹海に入ることにした。自分しか、この役はできないのではないかと、自信があったわけではないが、そう思えるような気分だけはあったのだ。
 巨龍に乗れた人間は、男なら王。女なら女王になれるという。
 まゆが樹海へ行くことを知ったとき、両親は当然止めたが、まゆの決心は変わらなかった。
 そして、まゆは樹海に入り、その奥で、強大な龍を見付け、そっと近付いた。
 巨龍は長い首を突き出し、まゆを見た。
 まゆはさらに近付き、片方の手の平を龍に向けた。
 翌朝樹海近くの繁みで倒れているまゆを猟師が発見した。
 差し出した片手を噛まれたのだ。幸い老いた龍の歯は脆く、かみ切れなかったようだ。
 それからまゆは普通の少女になり、ごく平凡な村人として暮らした。戦乱は続いたが、これも戦に強い部族が統一し、戦乱は終わった。
 その後、龍を見たものはいない。
 
   了

   

   

   


   


2015年1月13日

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