小説 川崎サイト

 

モニターの怪

川崎ゆきお


 正月開け、松田は今年こそは勝負の年だと思い、企画書を書くことにした。去年は無計画に仕事を探していたため、ろくな仕事にありつけなかった。個人事業主のため、自分が社長であり、社員でもある。そのため一人で会議を開き、一人で決めることになる。独り決めだ。これは独断で決められることなのだが、自分の中にも役割分担があり、そこには相矛盾する意見が絡まり付いている。それらを整理し、調整するのも一人でやることになる。大層に言えばそういうことだが、実際には気の向くまま、適当にやっている。だが、それは去年のことで、その失敗を今年は避けたいと思い、年明けからいろいろと作戦を練っていたのだ。
 腹案は多数出ている。思うだけなら何でもできるが、実行する段になると、リアルな壁が立ち塞がる。それを乗り越えられるだけの決心が必要で、これが緩いとすぐにめげてしまう。新年早々めでたい話はいいが、めげた話になることは避けたい。一年のスタートなのだから、ここは緒戦と言うことで、景気よくスタートしたいのだ。
 そのためには良い企画書を書かないと駄目だ。これはメモ程度の腹案ではなく、先方に提出するためのものなので、リアルが動く。現実が動く。去年はその企画書は梅雨前にやっと提出した。遅れたのだ。そのため、その年の仕事も少なかった。それによく練った企画ではなかったので、三分の一程度のことしか任せてもらえなかった。
 年明け早々、仕事始めの頃、これは早すぎるので、月半ばに提出するつもりでいた。早すぎると焦っているようにも見られるし、張り切りすぎているのも、少し照れくさい。それに先方も正月気分が抜けた頃合いの方が、良いだろう。このあたりも勝手な思い込みなのだが、今年はそこまで丁寧に、ことを起こそうとしている。急に思いつき、タイミングも考えないで突っ込むよりましだ。去年は尻に火がついたように突っ込んだため、希望年収に達しなかった。この希望というのはあくまでも希望だ。
 そして、その朝、清々しいと言うより寒いのだが、近所の喫茶店まで自転車で乗り込み、そこで企画書を書くことにした。これは畳敷きの部屋で、しかもホームゴタツの上で書くのはオフィスらしくない。使っているソフトはオフィスでも、どう見ても居間だ。それに万年床が、すぐそばにある。こんなものを見ながらのビジネスライフでは、センスも悪くなる。というより気持ちが切り替わらない。それで、普段は入らない値段の高い喫茶店に向かったのだ。
 そして自転車を漕ぎながら、企画のあらましをまとめていた。店内に入れば、一気に書き上げるつもりだ。絡まっていた腹案も一つに絞り、もう頭の中では清書されているに等しい。
 テーブルにつくと、久しぶりに喫茶店のおしぼりを使った。生地が分厚く、冷たくなった顔に熱い布地が気持ちいい。コーヒーが運ばれたあと、松田は鞄からノートパソコンを取り出した。結構高いタイプのもので、これを買うときには頑張った。その元を取り戻すためにも、今年は例年を越える年収に持って行きたい。そのためには、企画書だ。
 そしてノートパソコンを開き、電源ボタンを押したとき、それが来た。それはバッテリーの絵だった。画面に大きなバッテリーが映っている。そして、すぐに消えた。画面は真っ暗。液晶が消えている。松田はもう一度電源ボタンを押すと、またバッテリーが現れ、すぐに消えた。
 充電しないで、放置していたのだ。
 気が削がれた。もう企画書の文は口のそこまで出掛かっており、あとはタイプすればいいだけなのだ。これはどう言うことかと、松田は考えた。
 バッテリーが切れているのに、どうしてバッテリーの絵を映し出せるのだ。液晶のバックライトの電源はどこから来ているのだ。コイン電池が内蔵されているのだろうか。しかし、それを出し入れするカバーもないし、マニュアルにも残っていなかった。ということは、バッテリーは、それを表示させる程度はまだ残っているのだ。
 松田は企画書のことなど忘れ、その仕掛けを知りたいと思った。
 そして、何度も何度も電源を入れ直すと、もうバッテリーの絵は出なくなった。最後のエネルギーを使い果たしたのだろう。
 そして、企画書が書けないので、そのままじっとしたまま、黒い液晶画面を見詰めながら、考え事を始めた。本当にこの企画でよかったのかどうか、不安になってきた。そのとき、画面に顔が浮かんだ。
 液晶モニターの角度を少し変えたため、松田の顔が映り込んでいたのだ。
 その顔は笑っていた。
 
   了

   

   



2015年1月21日

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