小説 川崎サイト

 

夜の散歩者

川崎ゆきお


 真冬の歩道。人が歩いていない。夜のためだろう。周囲は住宅地。岡部はその歩道をよく歩いていた。目的は食後の運動だ。それを最近すっかり忘れていた。さぼっていたのだ。食後よく胸焼けがした。それに食べたあとは眠くなる。しかし最近はそんなこともなくなったので、散歩には出なくなった。
 ある日、散歩に出たくなった。夕食後だ。胸焼けのためではない。何となくだ。気が向いたのだろう。なぜ向いたのかは分からない。いつもなら夕食後、テレビを見たり本を読んだり、ネットを見たりで過ごしている。そしてそのまま寝てしまう。それがどうしたことか、その日に限って出たくなったのだ。
 ところが実際に出てみると、人がいない。いつもなら何人かとすれ違ったり、前後しながら歩いている。それがいないのだ。
 最後にこの歩道に出たのは秋の初め。そのときから出ていない。時間帯は同じだ。ただ、今は一年の中で一番寒い大寒の頃。これで、歩いている人が減ったのだろうが、無人はおかしい。確かに寒いが、それなりに着込んで歩けばそれほどでもない。雨も雪も降っていないし、風も強くない。
 信号三つほど歩いたところで、いつもなら引き返す。車道右側の歩道を左側の歩道に切り替えるだけだ。さすがに同じ歩道を引き返すのは芸がないので。
 しかし、人がいない。犬の散歩者もいない。たまに自転車とすれ違う程度だ。歩道脇の家々の窓には明かりがあるし、遠くに見える高層マンションも明るく見える。いないのは散歩者だけなのだ。
 岡部は徐々に怖くなってきた。原因が分からないからだ。全員夜の散歩を控えたとしても、理由が分からない。少し寂しい場所だが、車は始終通っているし、自転車も多い。だから物騒な場所ではない。もし何か危ないことが起こったとすれば、近所の噂になり、岡部にも聞こえてくるはずだ。
 前方に人はいない。岡部は後方を確かめるため、振り返った。すると、いつもの散歩人が列をなしてついてきている……というようなことは当然ない。また、足を使わないで歩いている人、この場合浮いた状態で歩いているので、足は使っていないのだ。座ったままの和服の老婆が、すーと移動しているとか。
 岡部は危ないと思い、急いで歩道から抜け、自宅へと続く道に戻った。そこからは人も出ており、犬の散歩者もいた。
 不思議な体験をしたと思ったのだが、偶然その夜、誰もあの歩道に出ていなかっただけなのかもしれない。やはり真冬なので、絶対人数は、その時間二人程度になっていたのだろう。その二人が休むと、無人になる。それだけのことだ。
 
   了
 
 



       


2015年1月25日

小説 川崎サイト