小説 川崎サイト

 

ダンジョン商店街

川崎ゆきお


 森下は古い町並みがまだ残っている下町に引っ越した。駅前近くにマンションが多くあり、家賃も安いため、そこへ越したのだ。駅までは歩いて行ける距離だが、古い街並みだけに道が入り組んでいる。駅前開発で整理されてはいるが、その周辺は相変わらずゴチャゴチャしていた。これは森下の好みであり、そういう町並みが残っているから、ここに決めたようなものだ。
 駅までの道は一本で行けるのだが、それでは面白くないと思い、時間があるときは別の道を通っている。最近お気に入りの道はアーケードのある商店街だ。この町ではないが、森下が子供の頃よく行っていた商店街に近い。まだ、そんなものが残っているのは珍しいのだが、駅から近いためだろうか。ただ、駅前に大型ショッピングセンターができているし、その近くにもスーパーが何店かあり、この商店街も時間の問題かもしれない。
 それで最近は、この商店街通りばかり通っているのだが、少し妙なのだ。気のせいかもしれないが、人が少ないことで余計に目立つのだ。それは店屋の人達だ。シャッターが下りてしまっている店も多いが、営業している店も結構ある。何十年も改装していないような店では、その当時のポスターなどがまだ貼られている。映画会社のカレンダーには昔の女優の顔だろうか、今その女優はお婆さんになっているはずだ。
 それよりも店番をしている人の視線が気になる。目を合わすことはないのだが、チラリとこちらを見ていることが分かる。店の一番奥の薄暗がりから、目が光って見えたりする。通りに面したところに座っている店番の老人は始終下を向いている。何か読み物でもしているのだろうか。それとも居眠りだろうか。しかし、その前を通ると、顔を僅かに上がる。
 最初は懐かしい光景として眺めていたのだが、徐々に気になりだした。店の品物などには興味はないし、買ったこともないが、店の人が気になりだしたのだ。
 ある日など、誰も動いていないことがあった。じっと座ったまま通りを見ているのだ。体は動いていないが、目の玉が動いている。
 それで怖くなり、しばらく通らないことにした。何も買わないで通っているだけなので、気が引けたのかもしれない。店の品物ではなく、店屋を見ているだけ、しかも最近は店の人を見ているだけになっていた。それらの店の人はいずれも年取っている。
 ある日、森下が駅から出たとき雨が降っていた。傘は持ってきていなかった。大した降りではないので、駅のショップでビニール傘を買うほどでもない。当然足はあの商店街に向かった。アーケードがあるので、そこは濡れないためだ。しばらく商店街のことなど忘れていたのだが、ここで思い出したのだ。不気味なところというイメージは、もう遠のいていた。久しぶりに、またあの懐かしいような商店街を通ってみようと思ったのだ。
 駅のバスターミナルの裏側に洞窟のようにポッカリとアーケードの入り口が見える。雨で空も町も暗い。それ以上に洞窟の中は暗そうだ。
 森下は雨に濡れながら、急ぎ足で商店街に潜り込んだ。
 そして、少し歩いたところで、息が切れるほどのスピードで、商店街を走り抜けた。
 何か怖いものでも見たのだろうか。
 
   了


 
 

 
 
  


2015年1月28日

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