小説 川崎サイト

 

閉ざされた山荘

川崎ゆきお


 山の中、林道しか通っていないところに山荘がある。とある会社の別荘だが、今は誰でも泊まれる宿泊施設となっている。洋風な建物なので、ホテルと言ってもいい。
 雪が深くなると、林道が通れなくなる。そのことを見越して山小屋のように食料や水、燃料などの備蓄は結構ある。里との行き来が途絶えてもいいように。
 山荘近くには何もない。山また山で、スキー場もゴルフ場もない。山小屋のような登山のための建物でもない。山は深いが高くはないし、登山家を引き寄せるような場所ではない。平凡な山並みが続いているためだ。都市からも遠く。郊外に住む人達もハイキングコースとして行けるような場所ではない。
 冬場雪で閉ざされやすいような山荘。なぜそんなところに会社は別荘を建てたのか。今となっては分からない。もうかなりの昔に売り出され、さらに何度も持ち主が変わっている。
 今のオーナーは不動産屋で、結局買い手が付かなかったことになる。それでホテルのようなことをしているのだが、立地条件が悪すぎる。
 しかし、物好きがいるもので、少ないながらも常連客が付いている。二階建ての洋風建物だが、洋館ではない。部屋数は二十はあるだろう。
 不動産屋も旅行会社に少しは営業をかけており、たまに団体客が来る。大学の部活などの合宿所として使われていることもある。
 大村はネットの観光案内で、その宿泊施設を知った。そして、一番暇な閑散期、つまり雪で閉ざされやすくなる真冬に泊まりに行った。
 好事家。まさにそれだ。何が好きなのか。それは知る人ならある条件を満たしているからだ。つまり閉ざされた山荘。何人かが滞在し、殺人事件が起こる。犯人はその中にいる。
 あるいはこの山荘、なぜ会社はここに別荘を建てたのか。その謎が秘められている。会社の別荘なので、個人のものではない。
 ローカル駅からも山荘までは遠いが、行き止まりのような村までバスが出ている。ここはまだ盆地内なので、雪は大したことはない。その村まで山荘の送迎車が出ており、それに乗り込み、ぎりぎり車が通れるほどの林道をかなり走り、やっと山荘に辿り着ける。
 その一人、大村も、なぜこんなところに山荘があるのかと不思議に思うほど、周囲は何もない。あるとすれば、辺鄙な場所という条件だけだろう。
 到着した瞬間、雪が降り出した。この演出は人工的にはできない。まさか、これで閉ざされるのではないかと心配するのが普通だが、大村はそれを好機と見た。なぜなら宿泊料が安くなるためだ。一泊のつもりが二泊三泊になるのだが、料金が下がるシステムなのだ。ただ、料理は落ちるらしい。
 ロビーには客がいる。大村だけではなかったのだ。食事は大きく長い食卓を囲んで食べる。王侯貴族の別荘のようにレトロだ。このテーブルだけでも結構な値がするだろう。建ったときからあるに違いない。また、壁には大きな肖像画があり、誰だか分からないが、ただの絵画だろう。
 他の客と、このテーブルで晩餐会のような食事となるのだが、大村を含めて七人いる。いずれもお一人さんだ。
 一人一人、癖のありそうな人物で、女性も三人ほどおり、二人は隣同士、一人の老婆は男性客の中に混ざっている。特に席の決まりはなく、早く着いた者順のようだ。
 この七人のキャラを説明する必要はない。男女差はあるが、大村と同じ系譜なのだ。
 どの顔も、表情も、仕草も、曰くありげだ。物思いに耽っていたり、急に天井を見たり、肖像画をじっと見詰めながら、何やら呟いたり。いずれも大村はその真意を知っている。自分と同じことをやっているのだと。
 一人の客が古いライカのカメラを取り出し、沈胴レンズを持ち上げ、肖像画を写している。食卓から少し距離があるので、小さくしか写らないだろう。それに古いタイプのレトロレンズで、安いのを付けているのか、レンズが暗いはずだ。これではブレるだろう。敢えて、そんなレトロカメラを旅行に持ち出すこと自体が、別の趣向であることが丸わかりだ。
 食事をしながら革張りのノートを開け、まん丸と太った万年筆で、何やら書き入れている人もいる。これもやり過ぎだ。蝉を紙に押し当てているのではないかと思うほど、大きなペン先だ。
 もうそれで、大村は同類であることに恥ずかしさを感じ、ノーマルな人間のように努めた。単に珍しい山荘ホテルに来ただけの旅行者として。
 翌朝、雪は止んでおり、山荘は閉ざされなかった。送迎の車が通れそうだ。
 それを知ったとき、他の客も、何となくガッカリしているように見えたのは、大村の思い過ごしではないだろう。大村もガッカリした。
 
   了



 
 


2015年2月2日

小説 川崎サイト