小説 川崎サイト

 

ラストドラキュラ

川崎ゆきお


「吸血鬼が治療に来る話があるのですよ」
「風邪でも引きましたか」
「いや、吸血鬼をやめたいと思って」
「じゃ、バンパイアをやめたいと」
「何百年も生きてますからねえ。飽きたのかもしれません」
「吸血鬼は感染するのでしょか。噛まれたりすると、その人も吸血鬼になるとか」
「話の上ではそうですが、それじゃ世の中、吸血鬼だれけになりますよ」
「全員吸血鬼になると、吸う血がなくなりますねえ。血が食料なんですから。それに昼間は出て来られないのでしょ。光に当たると身体が土に帰るような」
「ラストドラキュラがいるのです」
「最後の吸血鬼ですね」
「そうです。一人しか残っていない状態で、吸血鬼を治してもらいたいと医者の元を訪れます」
「もったいない」
「それは、吸血鬼に聞いてみないと分かりませんが、不自由でしょ。夜は地下室の棺桶ベッド、これは蝶番式の蓋付きですね。そこで寝ないといけない。夕方近くは焦りますが、そこは吸血鬼、コウモリに変身できるので、それで一気にねぐらへ戻る。まあ、そう言うことを何百年もやってご覧なさい。面倒ですよ」
「それで治療に」
「医師は吸血鬼を一種の感染症と診ているのでしょうねえ。だから、治療薬を開発します」
「医者と言うより、それはもう博士ですねえ」
「それで、吸血鬼は毎晩通院し、注射を打ってもらうわけです。血液検査の結果、妙な虫のようなものが発見されています。これを殺せばいいと、治療薬を打ち続けるわけです。ところが吸血鬼なので、これは好色なんです」
「ほう、そうなんですか」
「特に美女に弱い。美味しいんでしょうなあ、血が。これはグルメと同じで、雰囲気ですよ。目をつむって飲めば似たような味なんでしょうが、美女の血だと思うと美味しい。その美女は看護婦でした。それに目がくらみ、治療中にも関わらず、吸血鬼の本性を現します。吸血鬼は女性を惑わす眼光を持っておりましてね。見つめられるとボーとなる。これは麻酔のようなものですよ。看護婦はその目を見てしまい、所謂魅入られ、無抵抗になり……」
「じゃ、やられたわけですか」
「せっかく吸血鬼をやめたいと決心したのに、本性には勝てなかった」
「その美女はどうなりました」
「幸い吸血鬼は治療を受けていたので、血液中の虫のようなものが減っていた関係から、血を抜かれた程度で、無事でした。アジとかほうれん草とかを食べれば、血液は取り返せるレベル。当然、変化はありませんでした」
「吸血鬼はどうなりました」
「看護婦に手を出したので、もう通えません。古城へ帰りました。中途半端な吸血鬼のままね」
「じゃ、まだそのラストドラキュラは生きているのですね」
「でしょうねえ」
 
   了



 


   


2015年2月16日

小説 川崎サイト