小説 川崎サイト

 

際疾い

川崎ゆきお


 日常、ふつうに暮らしていると、よほど運の悪い人でもない限り、際どい展開にはならない。ただ、その際まで接近していることがある。いつも通っている道、その右にドブがあり、その際を歩いているのだが、落ちるようなことはない。際どさは日常にはいくらでもあるのだが、ほとんどは何となく回避している。先ほどの道沿いのドブだが、つまづいても右側のドブに落ちないように転ぼうとする。また、何らかの拍子で右側へ振られることもある。どんな拍子だろうか。接触を避けるため右へ寄りすぎた、などが考えられるが、その場合でも、飛び越えたリしそうだ。これは余裕がまだある場合だろう。
 一歩踏み外したり、一歩踏み入れてしまうと際どいことになるのだが、滅多にそんなことはしない。隣り合わせに深淵が口を開いていても。
 日常の何でもない場所でもドキッとするようなことがある。レールから少し外れたものを見たり、また、既に踏み外して、とんでもない状況になっている人を見たり。だから隣り合わせであり、際どいところに常にいるようなものだ。
「際どいのが好きでしてねえ、縁沿い、ぎりぎりセーフのような場所とかがね。これは下手をすると危ない目に遭うことは百も承知しているのですが、スリルがあって楽しめます」
「いやいや、そんなことを楽しみにしていると、怖い目に遭いますよ。災難に遭う確率を上げているようなものですからね」
「しかし、常に身構えた生き方の方が、溌剌としていていいのです」
「は、溌剌ですか」
「まあ刺激が欲しいのでしょうなあ」
「それで、今まで危険な目に遭ったことは」
「大いにありますが、まあ、それも自ら招いたようなもの。あえて際どいことを言ってみたり、際どい場所に行ったりしていましたから」
「しかし、今、ここにいるのですから、無事だったわけですね」
「そうです。大損をしたり、取り返しの付かない目に遭ったりしましたが、幸いまだ命だけは無事です。これもあと、しばらくの命ですがね」
「何か、悪い兆しが」
「いやいや、寿命ですね。年をとりすぎましたから、お迎えが近いという意味ですよ」
「ああ、それは誰でもですね」
「最近は大人しくなりましたが、まだまだ際どいことには興味がありましてねえ。あの冷や冷や感、どきどき感がたまらなくいいのですよ。生きている実感が味わえます。怪我が軽かった場合に限りますが」
「悪い趣味ですねえ」
「際どい生き方をする。これが私の流儀でして、いや、癖というか、習慣というか、そうなってしまうのです。まあ、悪いたちとでも申しましょうか」
「あまりお友達はいないでしょ」
「その通り。だから私には友人は一人もいません。昔からです。悪友はいましたがね。みんな今は真面目になってしまい、つまらんですよ」
「じゃ、今日はこのへんで」
「もう二度とお目にかからないと思いますが、お達者で」
「はい」
「別に際どい生き方などしなくても、いくらでも際どい目に遭いますからな」
「おっしゃる通り」
「ただ、際どさ慣れをしていますと、交わし方もうまくなります」
「はい、参考にします」
 
   了
  
 
 


2015年2月23日

小説 川崎サイト