小説 川崎サイト

 

棺桶まで

川崎ゆきお


 これはまた不思議なことが重なった話だが、特に神秘的ではなく、現実にありそうなことだ。それは、本家の跡目争いだが、資産家ほど面倒なことになる場合が多い。特に遺産争いは今も昔も骨肉の争いで、身内の争いの方がどぎつい。
 本家当主、この人の跡取り息子が、実は本当の子ではない。養子でもない。当主は自分の子供だと思っていた。ところが最晩年、それを知らされる。当主の夫人、これは本家を仕切っている奥方だが、当然もうお婆さんだ。このお婆さんの子供なのだが、当主の子供ではなかったのだ。結婚する直前に関係した相手との間にできた子供。つまり、結婚したとき、既に子供を宿していたのだ。十月十日で生まれるというが、十月九日あたりでも当然よい。幅がある。その幅が幸いしたのか、災いの元だったのか、それは分からない。その跡取り息子は当然今は中年を通り過ぎている。自動的に相続し、新当主となるはず。問題がある人ではない。誰が見ても跡取りとしてはふさわしい。一人息子なので、跡目争いなどあり得ない。
 しかし、最後の最後になって、その当主夫人は嘘をつき続けることに苦痛を感じ、そっと吐き出したのだ。これは酷かもしれない。機嫌良く、あちらへ旅立とうとする人に、知らなくても良いことを語るのだから。
 問題は当主の血筋ではなく、この家代々の血がここで絶えてしまうことだ。夫人の相手が、この一族の誰かなら、薄いながらも当主の血も継いでいるのだが、そうではない。まったく別の家系だ。そして、その人は、まだ健在。つまり、この男の血筋が今後引き継がれることになる。この男はこのあと登場する。
 棺桶に片足を突っ込んでいた当主は仰天し、足を引っ込めた。この家では正統な跡継ぎに代々継がせる程度しか、今はもう仕事はないためだ。当然跡取り息子にも子供ができ、孫までいる。順番は既にできている。その系譜が全て他人の家の血筋と知ったとき、棺桶に入っている場合ではない。早速執事のように、この家に仕える老人を呼び出した。こういう問題の処理に長けた人だ。
「血筋がおる」
「あの人ですか」
「あの女が身ごもったとき、君に追い出して貰ったよな」
「はい追いやりました」
「探せ」
 その女とは、この屋の下働きの娘で、夫人に見付かったので、金を握らせ、縁を切り、草深い田舎の実家へ追い返した。
「子を産んだとは、聞きましたが」
「それじゃ、その子こそが私の血を引く、正当な跡取りじゃ。その子しかおらん」
 老いた執事は、何十年も前に追い出した、その娘の実家へ行った。
 娘、もう老婆だが、平穏に暮らしていた。そのとき生まれた男の子は立派に育ち。こちらも孫がいるほどだ。平穏だが草深か過ぎる村で、既に限界集落で、そこで暮らすのは無理な状態になり、町へ出ようかと考えていた矢先、大きな家の跡取りとして迎えられることを聞いて喜んだのだが、家の格式が全く違う。その子はずっと野良仕事や山仕事で一生を送ったようなもので、その子供や、さらに孫も似たようなものだ。
「もう遅い」
 老婆は愚痴った。
「そう言うこともあると思っていたんじゃが、もう遅い。それに今更息子に本当の父親を知らせるのはいやじゃ」
「全財産相続できます。また、そうしないといけません。そうでないと血筋が絶えるのです」
 老婆は苦しい顔をした。ここでも似たようなことが重なっていたのだ。
 老婆になったこの娘、追い出され後、実家に戻り、結婚した。その連れ合いはもう他界したが、子供三人もうけた。その内の一人が、例の血筋になるのだが、実は、あの当主の子ではなかった。奉公に出ていた頃、当主のお手つきとなったが、その前に、草深い田舎から遊びに来ていた許嫁との間でできた子供なのだ。
 追い出された娘は、普通にその許嫁と結婚し、普通に第一子の長男を産んだ。
 話がややこしい。だから、当主の子供を身ごもって追い出されたというのは身に覚えはあるが、身はできていなかったのだ。その前に許嫁との子供であることは顔を見れば分かる。またその当主、その後一人も子をなさなかった。今の跡継ぎも父親は別なのだから。いわば種なしなのだ。
 老婆となった娘は、財産欲しさに執事の話に乗った。
 そして、棺桶にやっと足を入れることができるようになった当主は遺言状を書いた。本当の血筋に家督から財産まで譲ると。
 ここからが戦争だ。跡継ぎだった息子が黙ってはいない。出生の秘密を夫人から聞いていないためだ。だから、この当主夫人、言わなくてもいいことを当主に漏らしたことになる。そして、本当の父親は、この夫人が嫁ぐ前に交際していた相手なのだが、実は例の執事がその人なのだ。
 ここは皮肉な話で、黙っていれば、その執事の血筋で上手く行くのに、さらにわざわざ本人が、本当の血筋だという人を連れ戻しに行ったのだから、話が分からなくなる。これはこの執事、ボケてしまって、記憶が曖昧なのだ。そして結構大事な思い出であるはずの、当主夫人とは恋仲だったことも。
 本当は、実は、が多い話だが、さらにその上、実は、と重ねると、もう何でもありになるので、このへんにしておく。
 ただ、この一族の相続争いの結末を伝えておくと、草深い田舎に追い出された方が勝ち、跡目を継いだ。そして誰も、それが正当な血筋であることを疑わない。
 知っているのは、老婆になった、その娘だけだが、これこそ、この秘密は棺桶の中まで持ち込むことになる。
 さらに面倒なことを言い出すと、実は、が、続くが、この老いた執事の出身地は、例の追い出された娘のいた草深い田舎の村で、その関係から、奉公先を紹介したようなものだ。
 さらにこの草深い田舎の村、実は殆どが同じ氏で、これは高貴な人が流れ着き、この村で暮らしたらしい。だから、田舎娘ではなかったのだ。相続争いのその家より遙かに格式の高い没落した貴種の家系だった。
 そのため、追い出された娘と、執事は同族なのだ。そのため、村外での、代理戦争だとも言える。
 ここまで来ると、もう何も見えなくなるので、ここで、この話は留め置く。
 最後に、この当主、戦場で死んだことになっていたのだが、終戦後、復員し、跡目を継いでいる。ただ、戦傷を受け、顔に大やけどを負っていたので、マスクを被っていた。まるで犬神家のスケキヨ君だ。別人がなりすましていたのだ。と言うことで、その家の当主は偽者のため、もう何代も続いた血筋を残すというような話では最初からなかったのだ。ただ、当主としては、そんなことより、自分の血筋を残したかったのだろう。
 これには成功し、安心して棺桶の中に入ることができた。しかし、この棺桶に足を突っ込んだ当主、いったい何者だろう。そして、例の執事も、同じ戦地での戦友だったとすれば……。
 ここまで話が入り組んでくると、血筋よりも話の筋として、如何なものかと思わざるを得ない。

   了


 


 


2015年3月29日

小説 川崎サイト