小説 川崎サイト

 

犬神対蛇神

川崎ゆきお


 廊下を隔ててドアがある。アパートの部屋だ。その一番北側の端の二室に問題があった。六畳一間、一寸した流し台がある程度。トイレは共同。安いだけが取り柄。取り壊されないのは、ここの家主の意志だ。同じ建物内の管理人室に住んでいる。ここだけは二間あり、トイレもある。こういう共同住宅が好きなのだ。だから、生きている間は取り壊す気はない。
 しかし、困ったことが起こった。干支には相性があるらしい。蛇と犬とはどうだろう。最近引っ越して来た二人、赤池さんが蛇で、白木さんは犬だ。しかしそれだけのことではなく、実はただの蛇や犬ではなかった。
 奥のこの二部屋が騒がしい。何やらもめているのか、物音や悲鳴がする。ときには動物的な。
 白木さんは戌年生まれなので犬との相性がいいはずなのだが、どの犬も白木さんを見れば吠える。または尻尾を巻く。犬が懐かない戌年生まれなのだ。
 流石に赤池さん、この人は年寄りの女性だが、蛇と出くわすことは滅多にないが、もし出くわせば、蛇は瞬時に逃げるかもしれない。その機会がないだけ。ちなみに白木さんも老人だ。二人は偶然、このアパートに住んでいるだけで、それまでのいきさつはない。
 大家はこの二人が仲が悪いことを知人に話した。それがどう伝わったのか、妙な老人が訪ねてきた。そういうものに詳しいらしい。研究している、とか。
 その老人、名刺に妖怪博士の師匠となっていた。当然妖怪博士を知らない大家にはピンとこない。この老人が一番怪しいと睨んだが、無料で調べてくれるらしい。
 それで、結果が出た。
「九州の蛇神、四国の犬神ですなあ」
「ほう」
「お二人とも、その筋のものですよ。これは、九四戦争ですなあ。四国はまた、本州とも戦っています。四国と本州を橋で結ぶとき、反対したでしょ。本州の狐が四国に渡ってくると。阿波狸が黙っちゃいません。狐との戦いです。これはねえ、昔から都との戦いの比喩なんですよ。しかしですなあ、本当に怖かったのは、本州の狐じゃなく、九州の蛇なんじゃ。四国の犬神と狸とは昔から同盟していてね。これは戦わない」
 とんでもないことを、この人は言い出すと、大家は目を丸くした。そんなことを調べて欲しかったのではない。あの二人がもめなければいいのだ。
 夜中など、犬の鳴き声がうるさい。犬神の白木さんが変身したのかもしれないが、どうも弱いようで、たまにキャイーンと悲鳴を上げている。蛇の赤池さんの方が強いのだ。
 そこで、妖怪博士の師匠は、二人を管理人室に呼んで、犬神も蛇神も迷信なので、蛇神の家、犬神の家に生まれたからと言って、その言い伝えや祟りを信じるなと。
 しかし、話をよく聞くと、赤池さんの家は代々水神さんを信仰しているが、それは蛇ではなく、龍で、ものは近いが、むき出しの蛇ではない。架空の龍を信仰しているので、これは蛇神様ではないことが分かった。
 一方犬神の白木さんだが、これはどうも狼らしい。だから、犬神ではなく、狼男、人狼なのだ。だから、白木さんは本当は強いので、蛇には負けない。しかし、赤池さんは蛇ではなく、龍神信仰だと分かったので、これはドラゴンだ。狼男対ドラゴンでは、ドラゴンが勝つ。だから、やはり白木さんは弱いことになる。
 妖怪博士の師匠は、ドラゴンは聖獣なので、このタイプの王だ。だから、聖君なので、狼男のやるようなことは大目に見てあげなさいと諭した。
 それで九州の蛇神と四国の犬神は和解した。
 しかし、元々何で二人は喧嘩になったのかが分からない。これはやはり相性が悪いのだろう。見ただけで気に入らない相手がいるものだ。
 
   了



2015年4月4日

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