小説 川崎サイト

 

福ダルマ

川崎ゆきお


「今の村と違い、昔の村は今よりも色々なものがありましたのですよ」
 と屋敷の庭の桜の木の下で姥桜が語り始める。桜の木が話しているのではない。年配の女性、もう既に十分老婆だろう。
「今はもう村には何もないけどね、昔は色々あったのさ」
「本家の村でしょ」
「今は廃村、昔は寒村。山ん中の字だね」
「何々郡、字何々の、あの字ですか」
「そうそう、大きい村は大字さ」
「今は一つの町として合併とかしているんでしょうねえ」
「不便な場所にあるから、閉ざされた村のようなものさ。まあ、山道を行けば、近在の村へも行けるし、大きな町にも出られる」
「地形が問題なのですか」
「ああ、川沿いだけに里がありましてな。ま、川がなければ田圃はできん。山は広くても、水が無いとねえ。だから、川岸の膨らみのよなところに村ができる。長細い村だけど」
「何軒ぐらいの農家が」
「二百戸。これは大きいよ。狭いところにぎっしり。神社もある。近くの村からも祭りのとき大勢来る。だから、小さい村じゃない」
「皆さん百姓ですか」
「殆どはそうだけど、田圃が少ないから、出稼ぎに出る。あとは山仕事じゃ。少し先には鉱山もある。こっちの方が人が多かったりするがね。だから、そこの人がうちの村にも遊びに来るが、町じゃないから、遊ぶ場所など限られておる。よくある万屋がある程度かな。まあ、あまり物はいらん時代だったから、やっていけたんだろう。大概の物は自分らで作った。また、山の方から売りに来る連中もいたなあ」
「それで、先祖の話なのですが」
「ああ、それなんじゃがなあ。これは決心せんと言えんが、まあ、あんたにも伝えておかんといけん年になったから、一応聞いておくれ」
「はい、お婆様」
「何もない村じゃった。そんな昔の話じゃないよ。馬車も走っていたし、汽車も走っていたからねえ」
「はい」
「私らは、その村の出身ということになっておるが、少し訳ありでなあ」
「どんな」
「こんな村でも物売りや、旅人が来るんじゃ。大きな街道など近くにはないが、山奥の村々を回る連中もいたのさ。だから、村には宿屋があった。二百戸程度の村に宿屋などいらんので、普段は万屋じゃ。その家のひと座敷を貸す程度の宿屋がある。酒や飯も出す」
「はい」
「この地方には、こういう店にはダルマを置いておる」
「はあっ」
「ダルマじゃ」
「達磨さんですか」
「まあ、表向きは飯盛り女じゃが、それがダルマさんなんじゃよ」
「女性なのにダルマ」
「ダルマを置いておる店は結構あったらしい。太った大年増が多かったからダルマと言ったのかもしれん」
「近所の農家のおばさんとか」
「いや、他国から流れてきたような一人旅の女性じゃよ」
「つまり」
「そうよな。お世話をするんじゃ」
「それで、ご先祖さんとは」
「ダルマの子なんじゃ」
「ああ」
「私にはそこまでしか分かっておらん。ダルマは村人相手より、旅人が多い。ダルマは金を払わんといけんので、銭持ちの村人程度で客は少ない」
「では、ご先祖様は」
「先祖は旅の人で、名も分からん」
「はい」
「そのダルマさんは、身寄りがない。それで寂しかったのか子を産んで育てる気になり村人になった。世話したのが村の豪家の番頭さんじゃ。親切な人だったらしい。しかし、もうかなりのお爺さんじゃった。この人が父親なら、先祖が分かるんじゃが、そうじゃない。まあ、この村では村で生まれた子は村の子なんじゃ」
「はあ」
「私らの本当の家系ははそのダルマさんから始まる」
「どうして、お婆様は自分の大婆さんのことをダルマさんというのです」
「うちの母親がそう言っておったからの。私から見れば祖母に当たる人だが、子を産んですぐにあっちへ転がった。その子が私の母親じゃよ。そのあと豪家の番頭さんのお爺さんとお婆さんに育てられた。この老夫婦、子がおらんかったから養女になった。そしていつの間にか、奉公先の豪家を引き継いだ。戸籍上、私らはこの家系に入るがな。養女が婿養子を貰い、それで生まれたのが、私だよ」
「はい」
「まあ、こんな話、他人様に話すようなことやないが、あんたもいずれ跡を継ぐんじゃから一応話したまでじゃ」
「分かりました、お婆様。我が家はダルマが先祖なのですね」
「先祖と言っても大昔の話ではないぞ」
「はい、それでもう一つ聞きたいのですが」
「なんじゃ」
「ダルマ、まだいますか」
「さあ、ダルマとは呼ばんが、置いとる宿屋や飲食店はあるじゃろうなあ」
「あ、はい」
 
   了





2015年4月11日

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