小説 川崎サイト

 

赤間関

川崎ゆきお


「私が怖いのは赤間関です。これは言葉を聞いただけでも怖いです」
「壇ノ浦で死んだ平家の亡霊が出るんでしょ」
「耳なし芳一で有名ですが、アカマガセキという音が怖いのです。別に亡霊が出てこなくてもね」
「下関のことですよね。赤間関って」
「そうです。下関では怖くはありませんが、アカマガセキとなると、ゾクッとします。これは赤魔でしょ。禍々しい関です。魔だけじゃ、どうってことはありませんが、赤が付くと、だめです。ただねえ、アカマガセキ、アカマガセキって何度も言うと、怖さが消えていきます。だから最初の一撃のアカマガセキが怖いのです」
「どのように怖いのですか」
「立ち入ってはいけないような、禍々しい場所だからでしょうか。決して平家の亡霊だけを差しているのではありません。禁忌ですね。忌むべき場所です。タブーです。ただ、アカマガセキは神や仏じゃなく、平家ですからねえ。生々しい。その一族が、海に沈んだのでしょ。しかも貴人も一緒に」
「まあ、自水ですねえ。追い詰められて。これも珍しいことじゃないでしょ」
「衣装を見て下さいよ。平家の公達の鎧なんて、もう宝石ですよ。きらびやかだったと思います。それに清盛は訳の分からない熱病で魘されながら亡くなっている。そして、二位の尼の時子は北条政子にはなれなかった。一族滅亡ですよ。それらを凝縮させたのがアカマガセキと言う言葉に入っていそうなんですよ」
「栄光があっただけに、コントラストが凄いですねえ」
「アカマガセキの平家の亡霊、これは後の能か何かで、出てくるんでしょうねえ」
「怨霊伝説ですか」
「他にも無念な亡くなり方をされた位の高い方々もいますが、その中でも一番怖いのが平家の亡霊なんです。武者の亡霊が怖いんじゃなく、アカマガセキという言葉が怖いのですよ」
「でも、それはお話しでしょ」
「禁句というのがありますが、言うのを憚られる言葉ですが、このアカマガセキが私の禁句です。ただ、この言葉を出した瞬間、私の周囲はアカマガセキになるのです。まるで平家の亡霊が『呼んだか』と来るようにね。そのため、一人でこの言葉を思い出しただけでも、だめなんです。赤魔が来るんです。だから、禁句と言うより、触れてはいけない言葉になりました。今は、あなたがいるので、平気で言ってますがね。それに何度か言うと、消えます。その怖さが」
「はい」
「赤い間ってのも怖いでしょ。開かずの間も怖いですが、赤い間なんて、何でしょうねえ。やはり間は魔なんです。その魔を召喚するようです」
「はい」
「日本の古い巻物絵などがあるでしょ。あの絵も怖いですよ。生々しく、土臭く、露骨でしょ。和風の怖さってのがやはりあるんです。これは先祖の怖さです」
「よく分かりませんが、怖いのなら、仕方ありませんねえ」
「言葉っていうか、読みですねえ。ここに何か詰まっているんですよ。アカマガセキの詰まり方が特に異常なんです」
「赤間関は、今の下関でしょ」
「そうです」
「下関に住んでいる人に怒られますよ」
「そうじゃなく、赤間関という言葉なんです。これ、怖いですよ。漢字も読みも。
「だから、下関に変えたんじゃないですか」
「そうかもしれませんねえ」
 
   了





2015年4月26日

小説 川崎サイト