小説 川崎サイト

 

たわいもない話

川崎ゆきお


 たわいもない話なので、読み終えてもたわいがあるはずがない。
「暖かいと言うより、暑くなってきましたなあ」
「春は何処へ行ったのでしょう」
「ああ、夏日で二十五度越えていますよ。これは春じゃない。三十度越えの真夏日になる地方もあるらしい」
「だから、何処へ行ったのでしょう」
「春はですなあ、冬の終わり頃、少し水がぬるむ頃、あの辺りが春なんです」
「春の入り口が春だと」
「そのときはまだ春じゃないですよ。冬の終わりがけです。だからまだ冬です」
「じゃ、春の入り口は冬の出口」
「そうです。そして春に入ると、今度は暑くなってくるので、春はもういない」
「今日など、この喫茶店も冷房ですよ」
「それでもまだ暑いほどです。しかし、たまに冷たい空気がスーと来ますなあ。あれがいけない。冷房も呼吸をしているんでしょ」
「ある温度になると、それ以上上がらないように止まるのでしょ。そして、ある温度を超えると、また冷気を吹き出す」
「それです。そのたまに来る冷気がいけない。決して一定の気温を保っていないわけですからねえ。同じ場所にいても、暑くなったり寒くなったりする。これは快適な場所じゃない」
「じゃ、冷房止めて貰いますか」
「それはいけない。暑くて仕方がない」
「夏になると、暑さじゃなく、冷房の風が気になりますなあ。確かに。まあ、こうして話に熱中しているときは気にならないけど、一人でじっと座ってコーヒーを飲んでいると、冷えてきますなあ」
「クーラー病ですよ」
「そうです。あの風は悪い風だ。薬品臭い風だ」
「じゃ、テラス側のテーブルへ移りますか」
「花粉が飛んでくるので、外はいやですよ。それにほこりっぽい」
「じゃ、どういう状態がいいのですか」
「やはりぼろ家でゴロンとしているのが一番だ。暑いし、寒いけど、そこにいる時間が一番長いのでね、対処方法ができているし、慣れている」
「しかし、私らも体調やお天気のことだけで始終するようになってしまいましたなあ」
「ああ、他にもう大した用がないのでね」
「それよりも、私、デキモノができましてねえ。汗疹だと思うんだが、今年は出るのが早い。もう汗疹が出る季節なんだ。しかし、これが痒いというか痛いというか、ついついかいてしまいます」
「僕は便秘でねえ、三日ほどご無沙汰だ。最近暑い日が続くので、体がびっくりしているんでしょ」
「ヨーグルトを飲むといいですよ」
「あ、そう」
「牛乳は?」
「腹を壊すので、飲んでません」
「それですよ。それで下してしまえば、便器も解決」
「おおなるほど、早速牛乳を飲んでみます」
「はいはい」
 
   了

 



2015年5月2日

小説 川崎サイト