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幽霊電車

川崎ゆきお



「幽霊電車を知っとるか」
 長瀬老人がいきなり言う。
 尋ねられた広岡青年はよく聞き取れないのか、目をポカンと開け、何かを促すような仕草をする。別に体を動かすわけではない。逆に停止姿勢を続けている。広岡青年独自の伝達方法だ。
「よく聞き取れませんでした」と、言えばよいのだが、言葉に出来ない。相手に察してもらうやり方だ。
 長瀬老人は青年が聞き取れなかったのか、それとも話題が嫌なのか、どちらかを判断しなくてはいけない。第三の判断も有り得る。ここで無駄話をすべきではないのかしれないとか、青年から好かれていないとかも有り得る。
「幽霊電車を知っているか?」
 結局声が小さかったのではないかと思い、大きめに発音した。
「幽霊電車ですか」
 広岡青年はやっと意味が分かった。幽霊と電車は理解出来るが、幽霊電車という言葉を聞くのは初めてだった。それで聞き取れなかったのだ。
「知ってます」
「ほう、知っとるか」
 深夜の資材置き場に二人は立っている。工事用の資材が盗まれる事件が相次ぐため、見張りに立っているのだ。二人とも同じ警備会社のパート社員で初対面だった。
「電車が出来てからの話だねえ」
「はあ」
「だからさ、電化されてからの幽霊ってことさ」
「そうですか」
 広瀬青年は、妙な世界に巻き込まれるのではないかと警戒する。
「こういうのは都市伝説と言ってね、噂話なんだよね」
「何の幽霊ですか」
「だから、電車だよ」
「幽霊船は知ってます」
「舟幽霊だね。まあ、舟は太古からあるから、都市伝説ではないがね」
 広瀬青年は都市伝説という言葉を知らない。都市の伝説だと思っている。
「最終電車が行ったホームに、電車が入ってくるんだよね。それもかなり古い車両で、とっくの昔に引退したはずのやつだよ」
「電車が化けて出たんですね」
「そうだよ。物の幽霊なんだよ。しかも乗れるんだよ。まあ、運転手はいないけど」
「それは実際にあったことなんですか」
「あるわけないだろ」
 広瀬青年はむかっとした。
 長瀬老人も話に熱が入らなくなり、沈黙した。
 
   了
 
 



          2007年2月3日
 

 

 

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