小説 川崎サイト

 

思慮しない

川崎ゆきお


「暑いと頭が回りませんなあ。首は回りますがね、頭の中が回らない。脳が回転しないのでしょうなあ。まあ、本当に回転しているのなら立ってられないでしょうがね」
「僕なんかも暑いときは思考停止になりやすいので、大事なことは冷房のよく効いたところか、涼しい場所で考えるようにしています」
「北国の人ほど思慮深いのかもしれませんねえ。暑くて日陰で寝ているような連中より、考えも深くなるのかもしれませんなあ。まあ、南国の人の方が逆に自然なのでしょ。色々と考えに耽る方が危険で、これは不自然なのかもしれません。目先のことだけで十分。しかも分かりやすいことをね」
「暑いと短絡的になります。気合いで一気に行ってしまいたいような」
「それで、考えが足りなかったとか、配慮に欠けていたとかと、クレームを頂戴することが多いですねえ。考えるのが面倒臭くなるんでしょ。早く決着を付けたいとかね。早く答えを出して、進みたいとかね。これは真夜中に思い付いたアイデアに似てますよ。朝、それを実行しようとすると、とんでもないアイデアで、とてもではないが、まともには出来ないようなね」
「短期中期長期の見通しを立て……」
「少しお待ちを、悪い本、読みませんでしたか」
「読みました」
「それがそもそもストレスの元で、また束縛の元。呪縛、戒めを自分自身でかけ、逆に身動きできなくなりますよ」
「しかし、プランを出さないと」
「じゃ、嘘を書いて、安心させてやればいいんだよ。短期も中期も長期も、どうなることか分からない。絵に描いた餅。絵空事。そんなもの何の役にも立たなかったりしますぞ」
「そうですね。自分自身のことでも、思う通り行きませんから」
「そうでしょ」
「でも思考停止では」
「いやいや、停止なんてしていませんよ。そんな人はいません。しっかり見ていますよ」
「え、でも、考えが足りなくて、とんでもない計画を出した人もいますよ」
「それは最初から確信犯ですよ。嘘だと思いながら書いて、提出したのでしょ」
「しかし、ビジョンは必要でしょ」
「それは看板で、実際に実のなるのは別のところにあったりします」
「どちらにしても、暑いときは、あまり考えないようにします」
「意外と頭がぼんやりとしているときに思い付いたことを、そのまま検討もしないで、やり始めたことが、長く続くこともありますよ」
「逆なんじゃないのですか」
「まともに考えたプランじゃ、曖昧になります。色々と配慮していけば、平凡なものになる。それよりも、ある箇所を突破するような狂気が必要でしょうなあ。これは怖いので、やりませんがね。多くの人に迷惑をかけたり、敵に回しますから。疲れます。出る杭は叩かれ、今まで甘い汁を吸っていた人達が抵抗するでしょ」
「そんな大袈裟な話じゃなく、個人的なプランなんですが」
「同じモードですよ。似たようなパターンになっておると見ていい。当然自分の中でもね。それが、暑くてぼんやりとしているとき、白昼夢のように思い付いたことを、自分自身でもブレーキをかけないで、すり抜け、実行に移してしまえるチャンスでもあるのです」
「それこそ、冷静な判断がないわけで……」
「冷静に考えれば、実行など出来ませんよ。だから頭が麻痺しているこの暑い時期がチャンスなのです」
「怖いです」
「夏場だけに、怪談に近いですからなあ」
「それはどういう利点があるのですか」
「おそらく素が出た。本質が出た。そういう行為に近いのです。ずっと封印していたことなどが、吹き出す季節なのでね。汗のように」
「僕は怖いので、やりません」
「それが無難でしょ。怖いと思うのが、あなたにとって自然な判断なのでね」
「はい」
 
   了



 

 


2015年5月24日

小説 川崎サイト