小説 川崎サイト



信じられない

川崎ゆきお



 雀が男の手に止まった。掌の餌をつついている。銜えると飛び立った。
 恰幅のいい老人が近付く。
「拝見した」
「如何かな」
 男は老人の眉間を射るように睨む。
「これが気か」
「気を入れたのではなく、抜いたのです」
 男は三十前後だが、年寄り臭い話し方をする。身なりはカジュアルだ。
「如何かな」
 老人から見ると、この男はまだ若造だが、年上のように感じられた。
「本当の齢は?」
「見てと通り」
「それで、その話は本当なのか」
 先に男が公園のベンチに座る。老人もその横に腰掛ける。
「御存じなかったのか」
「他社もやっているのか」
「おそらく」
「聞いたことはない」
「使う気がなければ他を探す」
「信じられん」
「困っておるのだろ」
「どうして、それが分かる」
「やられておるからじゃ」
「信じられん」
「敵が憎くはないか」
「憎い。しかし、そんな手を使っているとは、まだ信じられん。これは会議にもかけられん」
「あんた会長だろ。大した準備はいらぬ。僅かな出費だ。あんたの会社からすればな。今も支社の一つか二つ消えかかっているんだろ。それを思うと安いものだ」
「だから信じられんと言ってる」
「だから、今のを見せた」
「鳥の愛好家なら出来るのではないか」
「わしは愛好家ではない。じゃが、使っているものは同じだ。いや、使わなかっただけ。わしから気が出ておらんから雀は安心して止まった」
「気功?」
「健康法でも武芸でもない。まあ、同じものを操っておるがな」
「どこでやるのだ」
「使っておらん一室でよい。どうせ人員整理で空き部屋があるだろ」
「他社もやっているのか」
「くどいなあ。常識だろ。あんたそれでも企業のトップか」
「まだ、信じられん」
「あんた、家を建てるときお祓いをしないのか」
「それはする。本社ビルもやっている」
「その逆、その裏だと思えばいい」
「法律に反するのでは?」
「禁令が出たのは大昔じゃ。そんな法律などない。それにあんたの会社、やられておるのじゃぞ。わしなら返せる」
 老人は男にセッティングを依頼した。
 
   了
 
 
 


          2007年2月4日
 

 

 

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