小説 川崎サイト

 

アジサイ爆弾

川崎ゆきお


「アジサイが咲き出すと梅雨が近いですねえ」
「花はいいのですが、あの植物、嵩高いですよ。抜くとなると大変だ」
「わざわざ抜く必要はないでしょ。観賞用に植えたものでしょ。勝手に芽が出て来て育っているという例は、近所ではあまり見ませんよ。いつもの場所でいつも咲く。決まって梅雨前にね。植えない限り、去年とは違う場所にアジサイがある絵を見たことがない。ただ、咲いているときだけでしてねえ。咲いていないときは、そんなところにアジサイがあったのかと思うほどですよ。やはり花が咲かないと目立たない。分からない。認識しにくいです」
「花はいいのですが、葉が気に入らないんです。かなり大きくて多いですよ。アジサイの中に物を落とすと、拾うのが大変だ。あれは強情な植物でねえ。柔らかいようでも硬い。動きませんよ」
「アジサイに恨みでも」
「やはり朝顔がいい。あれは軽い。蔓草なので重いとだめなんでしょうねえ。花びらもあっさりしている。アジサイは小さな花の集まりなのか、あれで一つの花なのかが分かりにくい」
「朝顔は便器を連想しますなあ。朝顔型を」
「ああ、小便タゴですね。腰掛けのような形をしたやつでしょ。アジサイはねえ。あれは垣根のようなもので、道沿いにあると、垣根の役割をしているのか、私は自転車で走っているとき、あの中に突っ込みましてねえ」
「それで、アジサイに恨みが」
「朝顔、昼顔、夕顔、こちらが私の好みです」
「アジサイはだめと」
「しつこいです。盛りすぎだ」
「はいはい」
「それにもうこれ以上咲かないとなる頃、かなり汚れた花になる。枯れかけがね」
「しかし、アジサイは花火のように丸くて、見事ですよ」
「それはいいのですが、自転車で歩道を走っているとき、アジサイがはみ出していて、邪魔で邪魔で」
「歩道を塞ぐほどですか」
「はい、前を二人の人が歩いていた。並んで。しかし気付いてくれない。道のど真ん中をね。しかし左側に少しだけ隙間がある。そこにタイヤを入れようとしたとき、気付いたんだ。アジサイが一人分取っていたとね。アジサイさえなければ、二人の横をすり抜けれたんだ。結果はアジサイに突っ込んでしまい、散々でしたよ」
「それはまた個人的な。世の中の人が全部アジサイに突っ込むわけじゃないでしょ」
「いや、他の人の話じゃない。私の話だ。それからはアジサイが気に入らなくなりました」
「朝顔はいいのですか」
「朝顔に突っ込んだのなら、朝顔が気に食わん存在になるでしょうなあ。路地で朝顔の鉢植えに引っかかって転べば、そうなるかもしれません」
「個人的な話ですね」
「それが全てでしょ」
「それはどうか」
「印象なんてそうですよ。ローカルなものだ」
「しかし、あなたがアジサイを嫌っていることは誰も知らないでしょ」
「そうです」
「じゃ、爆弾だ。地雷ですねえ」
「え」
「アジサイの話をする人も嫌うでしょ。またアジサイを愛でる人も」
「多少は」
「それが地雷なんだ。アジサイ爆弾」
「そこまで、気にしてはいませんよ」
「あなた、自転車で転んだだけなので、その程度で済みますが、もっとひどい目に遭って、人生が狂ったとかになると、忌まわしいものになるでしょ。好き嫌い程度のものじゃなく」
「そんな大袈裟な」
「私は隠していたが、朝顔が嫌いだ」
「え、どうして」
「蜂に刺されたとき、友達が朝顔の葉の汁を付けてくれた。アンモニアなので、消毒になると」
「あれは、小便をかければいいんだ」
「それは知らないが、朝顔の葉に被れて、長い間苦しんだ。それからは朝顔は気に入らんどころか、あれは毒だと思うようになった」
「あ、そうなので」
「だから、朝顔を愛でるやつは好かん」
「それは昔の話でしょ」
「だから、朝顔派の連中は敵だ」
「そんな派閥はありませんよ」
「そうなんだが、これは個人的な話なので、口にはしないが、あなたが朝顔談をするものだから、つい言ってしまった」
「じゃ、あなたは朝顔爆弾を持っている」
「どんな爆弾を抱えているのか、これは分からないから怖い。地雷だね」
「想像できないので怖いですなあ」
「まあ、人は根深いもの」
「特にアジサイの根は深くて、あれは抜けないですよ」
「まだ、言ってますか」
「懲らしめのため、抜こうとしましたが、強情で嵩高いやつで、引っ張ったぐらいじゃびくともしない、しぶといやつですよ。あれは草花じゃなく、木です。懐が深いので幹が見えないだけなんだ」
「まだ言いますか」
 
   了

 





2015年6月3日

小説 川崎サイト