小説 川崎サイト

 

川崎ゆきお


「最近山について思うのですよ」
「山ですか」
「そこに見えている山だがね」
 遙か彼方に山並みが見える。よく見ると三方に山がある。それらは繋がっていないが、山に囲まれていることは確かだ。一方は海だ。それも遠いので、ここからは見えない。
「山がどうかしたのですか」
「人が住んでいない」
「ああ、そうですねえ。斜面には家が建ってますが」
「地図で見るとね。ネット上の地図だが、何もない。山があるだけ、町がない。村もない。寺ぐらいあるかもしれんが、さっぱりしたものだ。情報がない。白紙のようなものだ」
「それが何か」
「この周辺の山は殆ど踏破しました。若い頃ですがね。だから、どのような状態になっているのかは、知っていますが、山道ばかりを気にしていました。だから、麓から離れるほど人工物が消える。ハイキングコースとなると、もう車も走っていない。道はあるが、電柱はない。人が住んでいないからだね。林道なんてのがあって、そこは車が入れる。しかし殆どが沢にある。山の切れ目に峠がある。できれば坂道は避けたい。だから、最短距離になるよう、低いところを越える。頂上なんて行く必要はない。だが、ハイキングは別で、頂上を意識する。尾根歩きだね。頂上伝いに歩く。高いところの方が見晴らしがいいしね。このあたりの山のハイキングコースはそんなものだ。市街地が近いので、山が浅い。しかし、できるだけ人が来ないようなところばかりを歩く。自然に近いからね。人工物を見に来たんじゃないんだから」
「はい」
「ところが最近、人がいない山、人工物がない山、まあ、高圧線や電波塔ぐらいはあるだろうけど、そういう山々の広さが怖くなってきてねえ。誰もいないんだ」
「まあ、林業の人とかいるでしょ」
「そうなんだが、そこに住んでいるわけじゃない。人口密度が低いと言うより、いない」
「だから、昔からそこは人が住むところじゃなく、神が住むところだったのでしょ」
「そうなんだ。最近それに気付いた。何もないところじゃないけど、ハイキングで遊び半分に来る人はいるけど、これは必要なことじゃない」
「山の神の話ですね」
「何もない。人がいない場所。だから、神がいる。そう言うことだろうかなあ」
「でも、殆どの山は植林ですよ。昔から切り倒していますからねえ。奈良盆地、平城京も切る木がなくなって遷都したらしいですよ」
「そうだね、レンガを焼きすぎて、木を使い果たした古代都市もあったねえ。京都盆地はどうだろう」
「平安京ですね。幕末あたりの写真があればいいんですが、結構禿げ山になっていたんじゃないですか」
「それは注意して見ていなかった」
「この辺りの山も、大きな城を建てるとき、結構切って禿げ山になったらしいですよ」
「そうか、呑気に山の神の話をしていたが、神も大変だな」
「そうですよ」
「山は人がいないどころじゃなかったんだ」
「そうですよ」
「いやいや、それでも人が住んでいない土地が、こんなに広いと、やはり不気味だよ。用心が悪い」
「そうですね」
 
   了


 


2015年6月17日

小説 川崎サイト