小説 川崎サイト

 

高台の隠れ野

川崎ゆきお


 高台へ上がる細い坂道がある。真っ直ぐではなく、少しくねっている。車は入り込めないが、自転車なら押して上がれる。距離的には僅かだが勾配がきつい。その高台に家電工場があるため、この坂を通る人が結構多い。特に朝夕は。工場の裏側に出るのだが、近道のようだ。地元の人も、抜け道として、この坂を利用している。自然歩道に近く、散歩人もいるが坂が急勾配のため、リハビリとしてはハードすぎるだろう。
 坂を登り切ると、普通の平地になる。しかし山上に来たように思ってしまう。もし工場側からここへ来れば、いきなりクレパスが現れ、地下に降りていくように感じるだろう。大きな断層なのだ。
 坂を登り切った右は工場の横。工場の真裏も崖で、そこには道はない。登り口もない。
 高台の上は住宅地だが、表から入ると坂は一番奥まったところにある。それに行き止まりに近いため、坂のあるところまで来る人はいない。自転車は通れるが、急坂過ぎて、乗ったままでは危険だ。曲がっているし。
 右は工場だが、左側に繁みがある。同じ木が植わっており、その先に畑がある。そして自然林が少しだけ残り、その先は崖で、降り口はない。高台の角で一寸した空間だが、別天地のように感じられる。隠し野のように。
 その木々は梅畑や林檎畑のように等間隔に並んでいる。下草で覆われているが、同じ種類の柔らかそうな草だ。だから野のようにも感じられる。そこにお婆さんが腰をかがめて何かをしている。さらにもう一人のお婆さんがビニール袋をぶら下げて、坂を下りようとしている。
 ちょうどそのとき登ってきたお爺さんと遭遇する。お婆さんは落ちていたので拾ったよ、と先に話し掛けてきた。まだそれを拾っているお婆さんに帰ってからジャムにすると言いながら坂を下っていった。
 お爺さんは、それをにこやかに見ていた。
 草むらを見ると、地面にゴルフボール程の実が散乱している。杏だろう。
 つまり、ここは杏畑なのだが、落ちるに任せている。もう収穫する気はないし、手入れする気もないのだろう。杏畑の繁みの向こう側にある畑も、何も植わっていない。カボチャの花が勝手に咲いている。その端は崖。坂道からも見えるはずだ。そこに納屋があり、その前に案山子が一本立っている。隠れ野の右側は工場の塀なので、この方面は塞がれている。隠し野のお隣は二階建ての高級マンション。高台マンションとあり、建物よりも庭の方が広い。そのため隠し野とマンションとの距離は相当ある。それも含めて、この杏畑の人が地主のようだ。そうでないと、こんなゆとりは考えにくい。
 杏の実を拾っていたお婆さんも、袋が一杯になったのか、お爺さんに会釈して坂を下りた。
 お爺さんはもう杏畑をやる気もなく、畑もやる元気がないのだろう。そんなことをしなくても、十分食べていける。
 お爺さんは豪邸に住まず、崖の端にある納屋のような平屋の家に住んでいる。案山子があった場所だ。
 隠れ野にある隠れ家だ。
 
   了


 


2015年6月18日

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