小説 川崎サイト

 

神話

川崎ゆきお


「神話の中に出て来る神々は本当にいたとは誰も思わないのですが、あれは何ですか」
「神話でもリアルでも、神なんて現実には出てこないでしょ」
「えっ」
「だから、町を歩いていると神がウロウロしているとか、町内を散歩しているとかはないでしょ。だから昔もそんな風景はなかった」
「猫は歩いていますねえ。野良犬はすっかりいなくなったけど」
「今、いないからと言って、昔もいなかったとは言い切れんが、神がいた時代は神話時代だ。しかし歴史上、そんな年代はないしね」
「じゃ、やはり今も昔も神はいなかったと」
「神話に出て来るような神様はね」
「えっ、じゃ、神話に出てこない神様ならいると」
「神かどうかは分からんが、見えない、姿がない、名もない。そんなもの存在しているとは思えんが」
「じゃ、神話に出てくる神々は何だったのでしょう」
「人じゃないかな」
「ほう」
「有力者だよ」
「はい」
「だから、当時の豪族などに当てはめて考えると、見えてくるかもしれん」
「豪族ですか」
「その地方を支配していた人だ」
「それは聞いたことがあります」
「神話というのは、そういうのを整理したんだろうねえ」
「はい」
「勝った側と負けた側、征服した側と征服された側。それを勝った側がいいように書いたのが、神話かもしれん」
「それも聞いたことがあります」
「そうか、じゃ、特に言うほどのことじゃないか」
「でも、何故神話になっていないような事柄もあるのでしょ」
「そうそう、肝心要のところは、神話にはしないし、触れない。その片鱗さえ残さない」
「それは何でしょう」
「弱点かもしれんねえ。そこを突かれるとまずいとか。例えば最大の大枠とかだ」
「はい」
「しかし、私達は神話でも歴史でも、そういうものでしか過去のことは分からない。ただ、埋蔵物は別だがね」
「古墳とか、土器とか」
「考古学が示す事実、これが大事かもしれん。何かの片鱗だろうからね。ただ、古文書や歴史書に記されていることなら、当てはめやすいが、それらにも書かれていないとなると、何処に話を繋げればいいのかが分からない。何に使われた道具なのかも分からなかったりする。呪器だったりもするしね。あとで、ただの食べ物入れだったり、楽器だったり。ただのアクセサリーや置物だったと分かったりするが」
「神話の話なんですが」
「ああ、神話ねえ」
「書かれていない神話とはどんな話でしょうか」
「繋ぎ目だろうねえ。話が急に飛び、いきなり現れる神なんかが怪しい。繋ぎ目がない」
「本当の歴史的事実は、その中に隠されていると思うのですが」
「いやいや神話は神話。まともに取り上げると、矛盾するばかり。一人二役なんて、ざらだよ」
「色々な憶測や仮設がありますねえ」
「君も古代史の謎に興味があるのかね。それを古代史ロマン趣味という。特に定説崩しが一番いい」
「はい」
「聖徳太子はいなかった。大化の改新はなかった」
「ああ、いいですねえ」
「しかし、そういうものが証明されても、何も変わらん」
「はあ」
「もう時効だ」
「徳川家康が、大坂の陣で幸村に首を取られて、そのあとは実は影武者だったとかも?」  
「それも時効だ」
「時効」
「もう、効果はない」
「はい」
「都合のいい話を神話と言う」
「あり得ない技を神業と言いますねえ」
「だから、ありえないのだろうよ」
「あ、はい」
 
   了


 


2015年6月19日

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