小説 川崎サイト

 

廃寺の謎

川崎ゆきお


「廃寺ですか?」
「アルプスじゃないよ」
「ああ、ハイジ」
「廃寺跡だ、ここは」
「廃寺の跡ですか」
「そうだ」
「じゃ、最初から廃寺」
「廃寺になってから長いので、それでいいんだ」
「廃寺を見たいです」
「見ているじゃないか、目の前にあるのが廃寺だ」
「廃寺跡でしょ。普通の廃寺が見たいです」
「私はこういうのを見て歩くのが好きだから、廃寺らしい廃寺を見たことがある。廃屋と同じだ。山の中だけどね。山寺なので何処かの別院だったのかもしれん。里は遠い。そのため、村寺ではない。山寺の周囲に民家はない。里もない。だから、この寺は修行のための寺かもしれんなあ。その証拠というわけではないが、墓がない。墓場がない。よって里の村人とは関わりのない寺だったようだ。従って檀家もいない」
「それが廃寺ですか」
「まだ生々しい。布とかが散乱していた。座布団もね。大事なものは持ち帰ったのだろう。空の須弥壇がある。そこに本尊があったんだろうが、台座もない。戸は割れ、雨がよく当たる箇所は腐っている。幸い屋根はあるし、柱も無事で倒れてはいない。これは危険な場所だよ。しかし、立入り禁止のロープもない。朽ちるままだ。一年後、行ってみたが、そのままだ。建て替えたりする気はないのだろう。これが私が見た最高級の廃寺だ」
「そういうのが見たいです。ここなんて、廃寺跡でしょ。何もないです」
「いや、建物が建っていた頃の溝などが出て来ておる。それをそのまま残している」
「台だけでは」
「そうだね」
「これはどう観賞するのでしょうか」
「縄張りを見る」
「縄はないですが」
「そうじゃなく、建物の配置だよ」
「はいはい」
「それで形式が分かる」
「はあ。でもそんなの知りません」
「まあいい。それを保存しているだけでも立派なものだ。別の廃寺では、ただの森になっている。何処に何があったのかは分からないが、大きな石しか残っておらん。それも動かしておる。元々どんな寺だったのかも、もう分からん。そこに別のお寺が建っている。廃寺とは何の関係もない」
「資料にも出てこないのですか」
「テラアトと絵地図に記されている。それ以前の資料はない」
「僕は古墳巡りや、住居跡巡りが好きなので、ここにも寄ったのですが、廃寺もいいですねえ」
「廃寺は、古文書で探すようだよ」
「ほう」
「誰かが書き残したものの中に寺の名が出て来たりする。名前だけ」
「そういうのは昔からしっかり記録されていないのですか。その宗派の本山などが」
「そこから離れた寺も多い。私寺のようなものだ。大昔の金持ちが勝手に建てたようなね。供養のために」
「はい」
「その金持ちが衰退すると、廃寺だ」
「宗派はあるでしょ」
「宗派よりも先に仏像だ」
「はあ?」
「日本でまだ仏像が作られておらんかったとき、海を渡ってきた仏像がある。もうそれだけでいい」
「仏教伝来以前の話ですね」
「いやいや、既にこちらへ仏像は来ていただろう。まあ、貴族のための仏教がね」
「国分寺もありましたねえ」
「上手くお寺のシステムを利用したんだろうねえ。民家よりも大きいし、無駄に高い塔を建てる。これは見せるためだろう」
「古墳もいいですが廃寺もいいですねえ」
「誰がどんな情念で建てたのかはもう分からんかったりする。御本尊も分からない。ただ、何故この場所なのかを推測すればいい」
「ここは昔から殺風景な場所ですよ」
「この寺が建った年代、誰が治めていた土地などから推測を始める」
「はい」
「それと寺の様式だ。縄張りだね。これで、塔の高さやお堂の規模も分かる。まあ、あまり言えないがね」
「え、何が言えないのですか」
「この廃寺跡、こんなものじゃないらしいよ。これはこっそり聞き出したんだけど」
「え、何をです」
「敷地はもっと広い。掘れば出て来る。そこに竹藪があるだろ」
「はい」
「怖くて宅地にできないんだ」
「下に」
「あることは分かっているらしい」
「田圃がこの辺り結構残っていますが」
「深く耕すと出て来るわけじゃないけど、マンションなんかを建てるとき、まずいねえ。結構掘るから」
「はい」
「しかし、この廃寺、建てた人物は本当に分からないらしいよ。当時の貴族らしいが、それもどうだか。本当にお寺だったのかどうか」
「廃寺でしょ。お寺でしょ」
「リゾート」
「えっ」
「この近くに温泉跡がある。昔、沸いていたんだろうねえ」
「そうなんですか」
「竜宮のようなものだったのかもしれんと、私は想像している」
「天女が舞いますか」
「泳いでいる湯女もね」

   了

 




2015年6月20日

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