小説 川崎サイト

 

第一世代住宅地

川崎ゆきお


 怪奇なもの、不思議なものを訪ね歩いている高橋が、いつものように、とある町に入り込んだ。そこは町というような特徴はなく、何処が中心部なのか、何処にメインの通りがあるのかが分かりにくい。郊外にあるベッドタウン的な町はそんなものだろう。名所旧跡などはなく、町として誇るべきものもない。まあ、古くからある町ならそれも可能だが、この町は何処から始まり、何処で終わるのかも曖昧だ。そのお隣の町もそうで、似たような家が並んでいるだけ。
 高橋が言う町とは、町内会、自治会単位だろうか。そのため、町名が一応ある。
 そこに囲碁将棋会館兼自治会館がある。といっても平屋の普通の小さな家だ。町内会の集会所のようだが、毎日使うわけではなく、また習い事などでをするほどの広さはない。そのため、普段は囲碁将棋の家となっている。
 高橋はそんなものには興味はないが、その玄関先にある椅子に腰掛けている老人から睨まれた。見かけぬ奴、怪しい奴だというような目付きだが、そういう顔の人かもしれない。年寄りがじっと相手の顔を見続けるのは、思い出しているためだ。知り合いかもしれないとか、あれは誰だったのかとか。それ以前に目が悪いため、よく見えないので、それを補うため、長い目に見ている。そして微妙に目の筋肉を使うため、顔の表情まで厳しくなり、睨み付けているように見えるのだろう。
「何かお探しで」
 高橋は怪しいものを探しているとは、流石に言えないし、誰かの家を訪ねてきたわけではないので、家を聞くわけにもいかない。
「古い家が残ってますねえ」
 それほど古くはない。木造モルタル塗りの文化住宅が目を引く程度だ。これは古いと言うほどのことではない。
「ここはどういう町ですか」
 高橋は漠然としたことを聞いてしまった。とっさなので言葉が出なかったのだ。その老人がどう反応するかにより、世界が違ってくる。
「ここは新しい町で、まあ越してきた人ばかりだ」
 新興住宅地なのだが、それが古くなっているのだろう。
「私が子供の頃はこの辺り全部田圃だ。そこに大きな木が見えているだろ。あれが村の神社。農家はそのもっと先に集まっている。そこがまあこの町の中心部だけどね。ここはよそものの集まりなんだ。町名もそのときにできた。いわば村はずれの田圃。だから、何もないよ」
「でも古い建物が」
「だから、不動産屋が分譲した家だ。戦後しばらくしてから建った家だが、もう古いねえ。昔はモダンな家が建ったと思って見ていたがね。ブロック塀なんて珍しかった。屋根瓦は黒いものだと思っていたが色瓦だったねえ」
 しかし、そういう第一世代の分譲住宅は消えつつある。その意味で、ここは古い町なのかもしれない。
「まだマイカー時代じゃなかったから、どの家も車庫なんてないし、だいいち車が出入りできない家も残っている。引っ越しのとき大変だろうねえ。車が入れないんだから」
 高橋の希望としては、古い街並み、木造家屋が多く残る町を見たいのだが、戦前からあるような家は滅多に残っていない。建て替えるためだ。
 それで本命は諦めて、第一世代の新興住宅地に入り込んでいる。
 戦前の下町の住宅地は、長屋が多いが、田圃を潰して建てたような住宅地は狭いながらも一戸建て。長屋は文化アパートや文化住宅に変わった。決してマンションには至らないのが、この時代だ。つまり、この町ができた時代。
「元の村とは関係がないのですね」
「縁もゆかりもないけど、子供が産まれたら神社へ行くし、お寺さんも村のお寺だよ。まあ、私なんか田舎があるから、ここの寺にはお世話にはならないがね。枕経で呼ぶ程度だろう」
「最初に建った家々で、何かありませんか」
「何が」
「いえ」
「あんた、建築関係の人かね」
「いえ、違います」
「建て直すかリフォームしないといけない家も多いねえ。この会館だってそうだ」
「はい、それで」
「何だい」
「何か異変は」
「異変」
「あ、はい。変わったこととか」
「あんた警察。いや、違うなあ。そんな感じじゃない。それにそんなこと、私服が一人で聞きに来るわけがない。何かあったの」
「いえ、別に」
「過激派が潜伏しているとか」
「いえいえ、何でもありません」
「そう」
「第一世代の古跡を見学して帰ります」
「こ、古跡」
 高橋は浮き腰になりながら、エビガニのように後ずさり、そのまま回転して、大通りへ戻った。
 今回の探索は失敗したようだ。
 
   了

 

 




2015年6月23日

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